2007年04月22日

「恋」する春ですね。氷川神社でカップルが♪

今日は薄曇りの天気でしたが、ポカポカとした散歩日和でした。

久しぶりに大宮の氷川神社へ足を運んだところ、
その境内にある宗像神社の神池のほとりで、
まあなんと、幸せそうなカップルに見せつけられてしまいました。

彼らは、それはそれは夢中で、
近寄ってくるボクの存在に少しも気づかず、
よくもまあ 恥じらいも無く、
何度も 何度も、
間違いなく 10回はチューしてましたよ。

ごちそうさまでした!

大宮氷川神社にてハトのカップル
大宮氷川神社にてハトのカップル


大宮氷川神社境内の宗像神社と言えば、パワースポット。
江原啓之さんが幽体離脱をして導かれた、まさにその場所ですね。
池の中に浮かんでいるような感じの小さな神社です。
江原さんはそこで巨大な龍神を見たそうですが、ボクはそれとは対照的な、ほほえましい光景を目撃してしまいました。
これも何かの「必然」だったのかも。



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posted by Y.Takahiro at 19:27 | 東京 ☀ | Comment(7) | TrackBack(0) | 『心(こころ)』の章

2007年04月13日

ただ愛、の詩 『千の風になって』

今年初頭、数々の歌謡曲を抜いて大ヒットした異色の作品『千の風になって』。
その詩は既にあまりにも有名なので、ここには転載しませんが、もともと、作者不明の英語の詩を日本語に翻訳し、曲を付けたのは、新井 満 氏 です。

新井氏自身の歌唱を収録したCDがセットされたブックが販売されています。
その中の記述を読むと、新井氏は、初めてその詩を一読したときに、たいそう驚いたそうです。
それは、この詩が、生きている人が書いた追悼文ではなく、死者が天国で書いて“天国から送り届けてきた返辞”ともいうべき内容であったからだといいます。

新井氏は、この不思議なパワーのある詩を日本語に翻訳し、メロディーをつけてみようと思い立ったものの、最初はなかなかうまくいかず、かなり苦労をされたようです。
しかし、詩のひとつひとつの言葉の意味を解釈しながら考えることをやめ、作者が属している世界と宇宙の形をイメージした瞬間から、すらすらと日本語詩とメロディーが浮かび上がってきたのだといいます。


  “いのち”の有り様は千差万別、
  この地球上には無数のいのちが共存している。
  人間も、そのワン・オブ・ゼムにすぎない。
  人間としての役割を終えたあと、
  まずは風になり、大空を吹きわたる。

  この地球上で太古の昔からえいえいと営まれてきた
 “いのちの循環”

  地球上に生きとし生けるもの全てのいのちにたいして、
  この作者は、「よし!」と、叫ぶのだ。
  絶対的に肯定するのだ。

  ※『千の風になって CDブック』新井 満(講談社刊) より転載


この詩は再生の詩であると同時に、死別の悲しみや現世的な人間の欲求を乗り越えた、
“ただ愛”の詩でもある、と私は思いました。

その英語詩は、欧米では既にかなり知られたものだったようです。
それにしても、キリスト教文化で発展してきた英語圏の中で、いったい誰が、このように神道的な思想をもって詩を書いたのでしょうか。
作者不明というのが不思議です。

オペラ歌手、秋川雅史の歌唱も美しいと思います。
実は、この私も過去に声楽をやっていたので、カラオケでこの曲を歌うと秋川調になってしまうのです。
一方で、この詩を日本人に広く知らしめた立役者、新井満氏の歌唱からは温もりが感じられ、秋川氏が歌うものとは一味違った味わいがあります。
ブックに付属されているCDには、ピアノ演奏による歌唱以外に、新井氏の朗読、そしてオーケストラのみの演奏も収録されており、聴いていて心が洗われるようでした。
皆様も一度聴かれてみたらいかがでしょうか。

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posted by Y.Takahiro at 21:52 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 『心(こころ)』の章

2007年04月10日

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posted by Y.Takahiro at 23:12 | 東京 ☁ | その他

2007年04月01日

花のたましい

花見の季節になりました。
今日、外を散歩していて、どなたかの家の庭の中で、申し訳なさそうに少しだけ咲いていた梅の花が、愛らしく感じられました。
私の住んでいる地域では、今の時期、梅の花と桜の花を同時に見ることができます。
梅や桜は華やかで、誰の目をも引きますが、
でも私は、道端に咲いている雑草を見て、ふと心が穏やかになり、それらをかわいいと感じたり、きれいだと感じたりします。

人でも動物でも植物でも、命あるものはすべて、何かの意味があって生きています。
きれいな梅や桜の花は、きっと大勢の人々の心を楽しませるために華麗に生きているのでしょう。
道端に咲いている花は、やはり人や動物の心を癒すために力強く生きているのでしょう。

特に感性の強い人ではなくても、満開の桜を見て美しいと感じたり、屋久島の絶景を見て感動するのは普通ですが、
もし機会があったら、近所の道端や、都会の空に目を凝らしていただきたいと思います。
私たちは、つい忙しい日々に流されてしまい、そのようなものを気にも留めませんが、
ちょっと心を落ち着ける時間を作って、普段何気なく見過ごしている野の草木や、雲や風に心を通わせてみてください。
誰でも、そこに大きな感動を見つけることができるはずです。


花のたましい

ちったお花のたましいは、
みほとけさまの 花ぞのに
ひとつのこらず うまれるの。

だって、お花はやさしくて
おてんとさまが よぶときに、
ぱっとひらいて、ほほえんで、
ちょうちょにゃ あまいみつをやり、
人にゃ においをみなくれて、

風がおいでと よぶときに、
やはり すなおについていき、

なきがらさえも、ままごとの
ごはんになってくれるから。

(金子みすゞ童話集より)





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posted by Y.Takahiro at 19:45 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 『心(こころ)』の章
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