2005年12月08日

「徳育」の無くなった日本社会の荒廃



近頃、痛ましい事件が多いと思いませんか?
特に心が痛むのは、人から恨みを買うはずもない小さな子供が犠牲になる事件。
皆様良くご存知かと思いますので、ここで具体例は詳しく申し上げません。
相当な数の警察官を動員して犯人の検挙に全力を挙げているとの事ですが、しかし、すべて対処療法!
このような犯罪が起こってしまってから、国民の税金をたくさん使って犯人の逮捕に全力を挙げるのでは、遅いのではないでしょうか。
亡くなった人の命は戻ってきません。

これ以上治安が悪くならないように、社会の根本的治療が大切です。
日本の社会が病んでしまった根本原因は何なのか、その対策として何が考えられるのか、専門家を総動員して国家的なプロジェクトとして対策に取り組むべきです。

昔は、日本は世界に稀に見る治安の良い国だと言われていました。
生活の欧米化に伴って、日本の社会は好ましくない状況に向かってしまったように思えます。
欧米的な生活が悪いというわけではありません。
国土も狭く、気候風土も欧米とは違う日本が無理やり欧米の真似をしたら、社会に歪みが出るのは当然なのではないでしょうか。
日本には日本の、古き良き文化があったはずです。

戦前の日本の学校教育には、「知育」、「徳育」、「体育」と三つの柱がありました。
しかし、敗戦後、アメリカの占領政策の中でこれらうち「徳育」、すなわち道徳教育が廃止されました。
なぜならば、当時の日本人の強い団結力や精神力の源は「徳育」にあり、これが戦争を長期化させた原因でもあったと占領軍が考えたこと、またこれから世界の盟主になっていこうと考えるアメリカにとって、日本の国力の源泉ともなっていたそのような教育制度が脅威だったからです。

徳育が廃止されたこともひとつの要因となって進行した日本の生活共同体の崩壊と続家族化、農業の衰退と食生活の肉食化、資本主義経済の進行による貧富の差の拡大・・・・。
私はこのような生活環境の変化が、日本社会を荒廃に導いたのではないかと考えております。


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posted by Y.Takahiro at 09:45 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 『世界』の章
この記事へのコメント
こんばんは〜♪
久しぶりに来ました。
すっかり模様替えになって素敵ですね〜。

まったくおっしゃる通りだと思います。
僕は「お金の無い貢献社会」を提案していますが次のような文章を考えました。

資本主義社会はお金を稼ぐことを教えます
お金を増やすことも教えます
お金持ちになることが成功者だと教えます

貢献社会はお金を稼ぐことは教えません
お金を増やすことも教えません
自分が必要とされることが成功者だと教えます

子供の頃から親の手伝いを教えます
学校ではボランティアの本質を教えます
奉仕の心を実践で学びます
役に立つこと必要とされていることの喜びを
体と心で体験していきます

報酬はお金ではなく心の喜びを学びます
今はまだお金の要る社会だから
貢献ポイントが報酬になることを教えます
収入は資産運用で増やすことではなく
貢献することで増やすことを学びます

自分が誰かの役に立つと思ったら
自分が必要とされていると言われたら
生きていて良かったと思えますね
貢献社会はそういう社会です
Posted by マー坊 at 2005年12月12日 19:21
Posted by コンバトラーV at 2006年04月08日 02:39
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