2007年06月13日

コムスン問題と環境問題とは根元がひとつ

介護事業の不正行為で厚生労働省から新規指定・更新を禁止されたコムスンの問題は、かつては公共サービスに依存していた事業分野に民間事業者の参入を促した「介護保険制度」の問題点を浮き彫りにしました。

近年、公共サービスを民営化しようという考え方が主流になっておりますが、果たして、医療・福祉というような人間の幸福にダイレクトに関わってくる分野に資本主義の競争原理が働くことが、本当に良いことなのでしょうか。
競争原理とは、突き詰めて言えば、企業がより多くの経済的利益を得るための原理のことです。
サービスの内容を充実させたり、価格を安くするというような企業の行為は一般的に「顧客満足」という言葉で美化されます。
しかし、競争原理の中では、多くの場合は「顧客満足」の代償として従業員に対して厳しい営業ノルマを課したり、賃金を抑えたり、下請業者に対して厳しい取引条件を課したりと、どこかに犠牲を強いなければならないわけです。

環境破壊の根元にも同様の問題があります。
皆が幸福になれる世の中を作ろうとしたら、他人と競争をしてモノカネをたくさん得ることを最大の価値とする今の社会を根本的に改め、お互いに切磋琢磨し合って、人間の心と霊性を成長せていくことに価値を置く社会に変えていくしかないのです。

戦後、アメリカの占領政策によって、日本の学校教育の中に古くからあった「徳育」が廃止されました。世界の盟主になっていこうと考えているアメリカにとって、日本の国力の源泉ともなっていたそのような教育制度が脅威だったからです。
もし日本が精神文化を取り戻し、そして日本の政治が人々の心と霊性を成長させることに価値を置くようになったとしたら、日本こそが文化的にだけではなく、経済的にも世界のリーダーになっていくことでしょう。

ぴかぴか(新しい)「心と霊性の成長を目指す人々の会」


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posted by Y.Takahiro at 09:49 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 『世界』の章

2007年01月26日

杉並病、石油製品の環境被害

杉並病とは、1996年杉並区井草に不燃ごみ中継所(圧縮施設)が操業開始した直後から発生した健康被害です。
中継所周辺地域では風向きによって風邪下の住民の中に、声枯れ、鼻水、耳鳴り、口内炎、胸の痛み、喘息、湿疹、吹き出物、関節痛、怒りっぽい、疲れやすい、幻覚症状、閉経後の女性に妊婦のような乳房の張り、女性の顎、鼻下にヒゲが生えるなどの多岐にわたる健康被害や植物の枯死・衰弱、ペットの死亡などの被害が続出。
原因は中継所から発生する有害物質で、プラスチックが圧縮する際に発生する揮発性有機物質であることがわかってきました。
初期にはベンゼン、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒドがフィルターのない換気塔からそれぞれ1日に約500g以上が排出されていたそうです。

私たちは日常生活の中でプラスチック、合成洗剤などの環境を悪化させる可能性のある石油製品を大量に使用し、そして大量に捨てています。
したがって、このような問題は一概には自治体や企業だけの責任とは言えず、私たち全体の責任であると言うべきでしょう。

先日、近くのスーパーから、あるパック入りの納豆を買ってきたところ、他の納豆とは容器の質感が少し違うことに気づきました。
説明文があり、この容器はトウモロコシを原料にしており焼却可能、と書いてありました。
見た目は普通のプラスチックです。あのトウモロコシにはとても見えませんでした。
むしろ、他の多くの納豆に使用されている発泡スチロール製容器よりも丈夫にできているようにも思えたのです。

現在大量に使われているプラスチックは石油を原料としており、廃棄しても自然物に分解されることはなく、焼却するとダイオキシンなどの毒性の強い物質を出します。
近年、トウモロコシやイモ、サトウキビなどから抽出したでんぷんを原料とする植物系や微生物生成物を原料とする生分解プラスチックというものが開発されていて、強度や耐熱、耐衝撃などの特性もクリアされてきており、2002年ソニーと富士通は、家電製品の一部にトウモロコシ製プラスチックの使用を開始したそうです。

それでも、まだまだ私たちの身の回りには、石油製品ばかりが目立っていて、トウモロコシ製プラスチックなど、ほとんど見かけません。
設備投資が必要だったり、生産コストが少し高くなるために、ほとんどの企業が生分解プラスチックの活用に踏み切れないのだろうと思います。
しかし、今、地球温暖化問題に代表されるように、抜本的な環境破壊対策への取り組みの必要性が待った無しの状況にあります。
人類の将来を考えたときに、3パック100円の納豆が仮に120円になったところで、私たちにとってどれだけの損失でしょうか?

杉並病のような身近な環境問題と人類存続の危機という両面から考えて、石油資源の代替品の利用については、国家的、そして国際的な政治による取り組みが求められます。

今年の冬は寒くないですね。
日本の四季は、何処へ行ってしまったのでしょうか?

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― ヨハネの黙示録 ― が現実に!不都合な真実

リンク
アグレッシブ的人生論社会的弱者の不条理

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posted by Y.Takahiro at 20:01 | 東京 ☀ | Comment(1) | TrackBack(1) | 『世界』の章

2006年09月18日

軽井沢でクマとサルが・・・。

本日、テレビを見ていたら、軽井沢でクマとサルが民家の周辺部まで降りてきて、農作物が食い荒らされたり、人やペットの犬が襲われたりという被害が増えていると報道されておりました。
軽井沢では観光客と人口の増加によって、人間の出すゴミ(残飯)が増え、ゴミを狙って野生動物が山から降りてきていることが主な原因だと解説されておりました。

サルによる被害といえば、以前より日光などで話題になっており、このような野生動物の問題の拡大は全国的な傾向にあると思います。

軽井沢は最近15年ぶりぐらいに行ってきましたが、昔と比べて別荘地が拡大していることに驚きました。
車を運転して少し山の方へ向かうと、最近できたばかりの別荘地があって、昔と比べて道路の形状が変わっていたために、道に迷ってしまいました。
信州はバブル時代以前から大規模なリゾートマンションやレジャー施設を建設するめために山林が買収され、乱開発されてきました。

人間から見ると「野生動物による被害」という表現がされますが、そもそも被害者は野生動物の方なのではないでしょうか。
日本は少子化で人間の数は全然増えていないのに、人間が娯楽のために使用する場所だけが拡大され、野生動物の住む山林がどんどん人間によって占拠され、その結果して、野生動物が食べるものも減っているのです。
おまけに、人間が贅沢三昧に暮らしている結果として進行している地球温暖化が異常気象を引き起こし、そのようなことも野生動物にとっての安住の地を犯しているのです。

自然界の、傲慢な人間に対する逆襲が始まっているのです。
最近、世界中に多発している大洪水や大津波などによる大災害などを考えたら、軽井沢で起こっているクマやサルの行動などは、自然界による小さな抵抗にすぎません。

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posted by Y.Takahiro at 18:02 | 東京 ☔ | Comment(2) | TrackBack(1) | 『世界』の章

2006年07月19日

マクロビオティック世界平和論―百匹目の猿による正のスパイラル

先日の日記に続いて、本日は世界平和を実現するための方法論についての後編になります。

人類の意識改革を行うための方法を提唱し、現在80歳というご高齢にも関わらず、世界を飛び回って啓蒙活動を行っているのが久司道夫氏です。
その活動の名前が「マクロビオティック」運動であると言えば、多くの方がピンとくるかもしれません。

「マクロビオティック」は、歌手のマドンナやジョン・レノン、女優のニコール・キッドマンなどが実践してきた、穀物と菜食を主体とした食事法として世界中で広く知られております。
その第一人者が久司道夫氏なのですが、氏のマクロビオティック運動は、単なる食事法の改善運動ではないのです。

久司氏は、もともと世界平和に関心のあった方で、学生時代に世界連邦主義者となりました。
その過程で、世界平和運動家の故桜沢如一氏と出会ったことがきっかけとなり、世界連邦や世界政府という機構を作ったところで、その前提として一人ひとりの人間の意識に変革が起こらなければ意味をもたないのではないかということに気づいたのです。

そこで、人間の霊性を高めるためのひとつの方法として体系づけたのが、食事法だったのです。
なぜ菜食が良いのかということについての詳しい説明はここでは割愛させていただきますが、私が以前書いた日記「身体と心に玄米菜食の重要性」 をお読みただければ、おおよそのニュアンスがつかめるかと思います。

久司氏はその著書や講演の中で、肉食をやめ、穀物(特に玄米)、野菜、海藻などを中心とした食事に改めていくこと、すなわち日本の伝統食が理想であることを主張されています。

ただ、そのような食文化を持っていた日本の中にも、かつて戦いを好んだ戦国武将や国家元首がいたのはなぜか、と疑問を持たれる方もいるかもしれません。
これについて久司氏は、そのような裕福な階層の日本人と一般庶民との違いは、肉や魚を好んで食べていたことであると説明しています。

一見非常に難しいことのように思う世界平和の道、世界政府設立への道ですが、マクロビオティックという理論の登場によって、現実味を帯びてきているのではないかと私は考えます。

前の日記で、私は人間の生き方として、二つの原則があると申し上げました。
1. 道徳規範― 他人の財産や身体に対して故意に損害を与えないこと。人に迷惑をかけないこと。
2. 霊性の向上― 自分が生かされてここにあることを認識し、この命を大切に生きること。
私は、人間がこれらたった二つの原則を守ることができるようになれば、人類は大きく成長し、それだけで世界平和は実現してまうだろうと考えています。

最も重要なのは2.霊性の向上です。
人は霊的に成長すれば、特に倫理や道徳を意識していなくても、相手に迷惑を掛けない生き方、相手と共に幸せになる生き方が自然にできるようになります。
そして、人類全体がこのように成長すれば、個々の生き方自体が変わりますので、国家や国連が何の新しい法律や制度を創る必要も無く、また政治力のある特定の人間があえて先導する必要も無く、自然に、自発的に世界平和は実現されるだろうと思います。

このような、人間の霊性の向上を目的とする運動に対してオカルト論であると忌み嫌う人達も必ずおります。
また、いくら努力をしてもマクロビオティック運動がなかなか普及していかない地域というのが世界の中にはあるでしょう。

しかし、それでも一向に構わないのです。
それは、「百匹目の猿」 という理論があるからです。
「百匹目の猿」とは、ある考え方・行動様式に最初からすべての人間が共感をもっていなくても、人類の何パーセントかがそれに共感し実践するようになると、その割合に到達した時点で世界全体が劇的に変わるエネルギーが発生するという考え方です。

現在、世界的なブームを作っているマクロビオティックには、この「百匹目の猿」現象を生み出す可能性を秘めているのではないでしょうか。

【ご案内】
本年12月に、マクロビオティックの第一人者、久司道夫氏による人間の霊性の向上を主テーマとした講演会が東京で開催されます。
詳細が決定しましたらご希望の方にご案内させていただきますので、メールフォーム(クリックしてください)からご連絡ください。

参考図書
久司道夫のマクロビオティック入門編
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「身体と心に玄米菜食の重要性」
「現代栄養学の間違い。牛乳・チーズ・卵は危険!」
「自分が変われば世界が変わる」
「世界平和を実現させるために」



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posted by Y.Takahiro at 20:11 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(3) | 『世界』の章

2006年07月17日

世界連邦は机上の空論か?

前回まで3回にわたり北朝鮮の問題について触れてまいりましたが、その過程で何人かの方から「あなたの言う“人間の精神の進歩による調和”は、具体的にどのようにして実現しうるものですか」という内容の質問をいただいております。
私は過去の日記の中において、この問の回答に近いコメントを含めてきたつもりですが、改めてここで今回と次回との2回に分けて世界平和を実現するための方法論について、私の意見をまとめてみたいと思います。
本日は、その前編です。

世界平和を実現させる素晴らしい構想として「世界連邦」というものがあります。
人種や民族、文化の違いを超えて、皆ひとつの「地球」という惑星の仲間であるという考え方のもとに、国境を無くし、世界全体をひとつの国家として政治の機構を整えていこうというものです。

現在、地球上にはその全人口を賄えるだけの食糧の量があると言われているにも関わらず、一部の地域で飢餓が発生しています。
それは国境があるためです。
世界がひとつの政府で統治されるようになれば、食糧生産量の多い地域から乏しい地域へ供給する事は容易になります。

アメリカ合衆国の政治システムは、世界連邦のひとつのモデルではないかと思います。
50ある州はそれぞれに独自の法律を持ち、ある程度の独立性を保ちながらも、合衆国全体としてひとつの政府でまとまっているのです。
世界全体がこのようなシステムで再構築されたら良いと思います。
たとえば、日本州、アメリカ州というように、これまでの「国家」は、ある程度の独立性を認められて「州」となり、それぞれの伝統的な文化や風土が守られながら、世界全体がひとつの政府でまとまるのです。

さて、問題は、今の混乱した国際情勢の現実を見た場合に、そんなことが可能かどうかです。
世界平和について、世界政府の機構や経済システムなどを先に考えてしまうと非常に難しいと思います。
いくらすばらしい平和機構のアイデアが提出されたとしても、また仮に国連が主導となって世界政府設立へ向けた試みが具体的に始まったとしても、その過程で必ず国家どうしの駆け引きや一部の特権階級の利害が絡んできて、当初の理念は崩壊してしまう可能性が高いと思います。
またこれは極論ですが、途中で良からぬ者に主導権を握られて、世界政府に独裁者の元首でも誕生したら、逆に人類は不幸のどん底に落ちてしまいます。

機構やシステムを考える前に、まずは人間の個々の意識改革が必要なのです。
人間の生き方の向上を、まず最優先課題としなければいけないと思います。

私たち個々の生き方として、どのように心がけて生きていくことが理想なのでしょうか。
私は、人間が以下のたった二つの原則を守ることができるようになれば、世界平和はすぐに実現してしまうだろうと考えています。

1.他人の財産や身体に対して故意に損害を与えないこと。人に迷惑をかけないこと。
2.自分が生かされてここにあることを認識し、この命を大切に生きること。

1は、誰でもが子供の時に教わったことのある、基本的な道徳規範です。
2は、霊性の向上です。霊性とは、個をこえた自覚。存在の大いなる連鎖の中にある自己という自覚のことです。
このようなスピリチュアルな考え方を否定する人もおりますが、人間の霊性の問題を抜きに考えてしまった場合には、世界平和を実現する道は闇に閉ざされてしまうと私は考えております。

ここまでお読みになった方々から、「人の意識を変えるなんて、それが一番難しいことじゃないか!」と、反論の声が聞こえてきそうです。

実は、人間の意識改革を進めていく具体的な方法について、すでにひとつの試みが始まっています。
そして、その試みは今、世界的なブームとなりつつあるのです。
私は、この方法が一過性のブームに終わることなく、今後大きく発展していくことになれば、国際情勢に正のスパイラルが発生し、世界平和は必ず実現するだろうと考えております。

>>>次の日記『百匹目の猿現象による正のスパイラル』へ続く


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「ミサイル発射」(北朝鮮)
「インドがミサイル発射」
「朝鮮学校児童生徒への暴行多発―負のスパイラル」



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posted by Y.Takahiro at 14:39 | 東京 ☔ | Comment(2) | TrackBack(2) | 『世界』の章

2006年07月15日

朝鮮学校児童生徒への暴行多発―負のスパイラル

朝鮮学校の教職員が加盟する「在日本朝鮮人教職員同盟」(本部・東京都文京区)の中央常任委員会は14日、北朝鮮がミサイルを発射した5日から13日までに、朝鮮学校とそこに通う児童・生徒への暴行、脅迫などの事案が計112件あったと発表。
暴行は愛知県で2件、都内で1件、大阪府で1件。7日には、愛知朝鮮中高級学校の中級部2年の男子生徒が中年の男性に「死ね」と言われて殴られ、あごに2週間のけがをした。
goo ニュース

国家と国家との政治の駆け引きによるイザコザの中で、アメリカ側のものの見方で騒ぎ立てたマスコミに踊らされた一部の日本人が起こした愚かな行為です。


私は先日の日記に書いたように、7月5日の北朝鮮のミサイル発射実験は、日本を含む他の多くの国家が行っているミサイル実験や軍事演習と全く意味合いの変わらないものだと考えております。

北朝鮮の軍事演習が「悪」で、日本やアメリカの軍事演習が「善」であると考える、その善悪の根拠はどこにあるのでしょうか。
自国の防衛のためであり、戦争抑止力のためであるという主張は、お互いの主張であると思います。
それらの善悪の判断は、相手国に対する、好き、嫌いの感情から生じているものであり、主観の問題にすぎません。
日本の再軍事大国化を懸念する韓国や中国にとってみれば、日本の軍備こそが悪なのです。

今回の北朝鮮制裁決議案の交渉過程において、アメリカが中国案に傾きはじめました。
そのきっかけは、中国がイランに対する経済制裁を容認したためです。
北朝鮮のこととイランのこととは別問題のはずですが、アメリカは日本のことよりも自国の損得を優先して外交上の駆け引きをしているわけです。

現在、日本とアメリカが同盟を組んでいるのは、お互いにとって政治的な戦略上、必要性があるからそうしているだけなのであって、必ずしも相手を認め合っているわけではありません。
アメリカが対日外交に関して中国を説得する際の殺し文句は「中国がそんなことを考えると、日本は核兵器を開発するかもしれませんよ」という脅し文句なのだそうです。
すなわち、アメリカが中国に対して日本の脅威を煽っているわけです。

日本と友好関係を結んでいることにアメリカが政治的メリットを感じなくなった時には、アメリカは日本を見放すかもしれません。
また、アメリカがそのほうが自国の発展にとって有利だと判断した場合には、アメリカは中国や韓国と友好関係を結び、経済的にも軍事的にも日本を完全な孤立に追い込むかもしれません。
ことに食糧需給率の極端に低い日本が世界から孤立すれば、私たち日本人の未来に悲惨な現実が待っていることは、誰が考えても明らかです。
日本がこのような極限状態に置かれた時、軍事大国化という、いつか来た道を、わが国が再び歩むという可能性も現実味を帯びてきます。
そしてそのような状況になれば、アメリカは日本に「悪の枢軸」というレッテルを貼り、中韓と軍事同盟を結んで日本を包囲するでしょう。

ありえない仮説だと考える方が多いかと思いますが、ここ10年〜20年の間にも世界情勢は大きく変貌してきており、以上の仮説が全く可能性の無いことだとは、私は思いません。
このような最悪のシナリオを避けるためにも、日本は、まず自立の努力をすべきではないでしょうか。


あなたの思考の中に「悪」を想定し、その「悪」を憎めば憎むほど、その憎しみの感情は間違いなく相手に伝わっていきます。
「悪」のレッテルを貼られて自分が憎まれていると感じた相手は、あなたによって自分が破滅させられるのではないかという「恐怖」の感情を抱くようになります。
その「恐怖」の感情は、逆にあなたのことを「悪」であると思考するエネルギーとなり、強い憎しみの感情をあなたに返すことになるでしょう。
これが、「憎しみと恐怖のスパイラル」です。
このような感情的な対立が更に進むと武力の応酬となり、お互いを破滅させる道へ向かわせるのです。
破滅への道へ進むことを避けるためには、どちらかが精神的に大人になり、負のスパイラルを止めるしかありません。

一部の日本人が、在日北朝鮮人に悪のレッテルを貼って憎しみの感情を抱けば、それもまた「憎しみと恐怖のスパイラル」を発生させ、様々な不幸な現象を生み出しかねません。

個々の人間関係も、国と国との外交も、人類のコミュニケーションの多くは自己中心的な駆け引きによって行われてきました。
人類の不幸の歴史は、「自己」と「相手」とを分離して考えることによって生じてきたのです。
「自分だけ幸せになれればいい」というエゴイズムが、結果として、他人だけではなく自分や自分の愛する者を不幸に落としてしまうことが多いのです。

「北朝鮮」流も、「アメリカ」流も、正しい道ではありません。
人類は、自己中心的な駆け引きによる協調ではなく、精神の進歩による調和を創造する必要があるのです。


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posted by Y.Takahiro at 07:07 | 東京 ☀ | Comment(7) | TrackBack(1) | 『世界』の章

2006年07月11日

【インド】がミサイル発射

※本日の日記は、先日の「ミサイル発射」(北朝鮮)とセットで読んでいただければ幸いです。


北朝鮮がミサイルを発射した直後の7月9日、今度はインドが核弾頭搭載可能な長距離弾道ミサイル「アグニ3」の発射実験を実施しました。
http://www.sankei.co.jp/news/060709/kok059.htm

ところが、・・・どの国からも非難が出ていません。
日本のマスコミも、このことを大きくは取り上げておりません。


アメリカと日本は、今年の6月、ハワイ沖で1ヵ月以上にわたり「環太平洋合同演習(リムパック 006)」を実施し、北朝鮮をはじめとする日米にとっての非友好国に軍事圧力(威嚇)をかけました。
今回の北朝鮮のミサイル発射は、このハワイ沖水域を狙ったという意見があります。


イスラエルはイラン攻撃を主目的として400基もの核兵器を保有していますが、アメリカはこれを容認しています。
アメリカは、イランで反米運動が引き金となって起きた1979年のイスラム革命以降、イランを敵国と考え、話し合いでの交渉はせずに政権を転覆させるという方針を貫いてきました。
過去の歴史をひも解けば、革命前のイランは、アメリカに後押しされていた独裁政権バフラヴィー王朝による、現在の北朝鮮とほとんど変わらない圧政で民衆が苦しんでいました。
イラン革命の目的は、独裁政権の打倒と、アメリカ支配からの民族の独立でした。


国際情勢解説者、田中宇氏は次のように語ります。

――朝鮮のミサイル試射問題で自公の小泉・安部政権は、マスコミを使ってここぞとばかり世論を煽っている。
安部、麻生、額賀の政府首脳、武部自民幹事長は「敵基地の先制攻撃能力をもつべきだ」と世論を扇動した。
それは戦争への途だ。
彼らがこの事件を煽っているのは、憲法改悪、買弁的な海外派兵、米ブッシュ政権による地球破壊、人類破滅への日本組み込みという亡国路線を強行するために都合がいいからに外ならない。
「制裁は逆効果だ」(中国)、「冷静に」(韓国)という隣とは違いが際立っている。
こうした全般の情勢を見ないと、売国・亡国路線に乗せられてしまうことになる。
だから、米英イのイラン攻撃阻止、核保有5大国の抜本的核軍縮と新型核兵器開発の禁止、イスラエル、インド、パキスタンの核武装放棄を要求し、こうした世界的軍縮闘争の一環として、米国の朝鮮不侵略の国際法的表明による朝鮮の核兵器開発中止に途を開く必要がある。――


物事は、両面から見る必要があります。
ことに日本では、アメリカ側のものの見方で政府やマスコミが騒ぎ立てる傾向があります。
偏ったアメリカ側のものの見方が、日本の世論を形成しかねないのです。


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2006年07月07日

ミサイル発射

北朝鮮がミサイル発射。
世界に激震。

日本の至近距離にある独裁国家から打ち上げられた破壊兵器は、私たち日本人にとって間違いなく脅威です。
ただ、その一部はアメリカのハワイ諸島近海へ向けられたという説もあり、また、その日はアメリカの独立記念日でした。
北朝鮮が威嚇している相手は、日本ではなくアメリカなのではないかと考えることもできます。

物事は、両側から見る必要があります。

そもそも、太古の昔から、人間が狩猟以外の目的で武器を作る時の動機は、「恐怖」にありました。
至近距離にある我が国にとっては決して好ましいことではありませんが、今、もしアメリカが北朝鮮に宣戦を布告したとしたら、おそらく北朝鮮はあっという間に平定されてしまうでしょう。
人は、自分の身の危険を感じ、恐怖を感じる時、武器を作り、それを振りかざします。
それが国家的規模になると、兵器を開発し、相手に対して威嚇行為を図ることになるのです。

「敵国」と定義した相手を強大な軍事力で制圧し、自国の傘下に治めることが、アメリカなど「大国」と呼ばれる国々の昔からの対外政策でした。
歴史の中で、いや、この10年、20年だけを見た場合にも、北朝鮮がミサイルを発射した数と、アメリカがミサイルを発射した数とどちらが多かったでしょうか。
拉致被害者を明け渡さないことも、北朝鮮という国家体制が、また金日正という国家元首が、自己の身を守るための外交カードにすぎません。

かつてのアメリカにとって、最大の敵対すべき国家だったソビエト連邦が崩壊し、東西冷戦は無くなりました。
冷戦は、当時のアメリカにとって自国の軍事力を強化することを正当化するための理論となっていました。
ブッシュ政権は、イラク、イラン、北朝鮮の3カ国を「悪の枢軸」と呼び、これらの国々が大量破壊兵器を開発している、という理論によって自国の軍事力を強化してきました。
しかし、現在世界最大の大量破壊兵器を保有している国家がアメリカであることは明白です。

悪の枢軸と名指ししながら、アメリカはなぜイラクを攻撃して北朝鮮を攻撃しなかったのでしょうか。
もし、北朝鮮の脅威が無くなったとしたら、日本の外交は、今ほどアメリカに傾倒する必要はあるのでしょうか。
もし、北朝鮮の脅威が無くなったとしたら、日本はアメリカではなく、アジア寄りの外交政策を取るようになるかもしれません。
もし、アメリカの定義する「悪の枢軸」がすべて消滅したら、アメリカが今の軍事力を維持する正当性は残るのでしょうか。
アメリカは、巨大な軍需産業が政権と癒着している国家です。
すなわち、北朝鮮による脅威が存在することこそが、アメリカ自身の国家体制を持続させるために必要なことなのではないのでしょうか。

―人間は進歩なんかしていない。ぶつかり合うことこそが調和なのだ。(岡本太郎)―

外交の駆け引きによって、不気味な均衡を保っているのが、今の世界情勢なのです。
「脅威」を必要としている国家がある限り、世界から「脅威」は無くなりません。
「脅威」と名指しされた国家は、自分の身が危険に晒されている「恐怖」が衝動となり、敵対国家に対する威嚇行為を更に強めることになるでしょう。

人類は、駆け引きによる危ない均衡ではなく、精神の進歩による調和を生み出す必要があるのです。


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2006年06月17日

「出生証明」のない子供たち

世界には、生まれて出生登録をされない子どもたちが、毎年5000万人もいるそうです。
出生登録をされていないということは、その子が、生きている人間として存在が公的に認められていないということを意味します。


以下は、本日、ユニセフから届いたメッセージです。


――突然ですが、免許証や保険証をお持ちでしょうか?

ご覧いただくと、お名前や生年月日が記載されていることと
思います。申し上げるまでもなく、これらの身分証明書は、
その方が”いつ”生まれた“だれ”であるかを公に証明する
ものです。

実は、世界には、生まれても登録のない子どもたちが、
毎年5000万人もいます。

生まれたことの記録、つまり「出生登録」がなければ、
その子が“生きている存在”であると証明してくれるものは、
何もありません。登録がなければ、予防接種をはじめとする
保健サービスも、初等教育のチャンスも、なかなか手に
することができません。

それに、悲しい言い方ですが、「いるはずのない」子どもたちは、
危険にも遭いやすくなります。人身売買の犠牲になったり、
規定の年齢に満たないのに労働を強いられたり、
兵士にとられたり、早く結婚させられたりします。

子どもたちは声なき叫びをあげています。
「ぼくはここにいる! わたしは生きている!」

出生登録だけが原因ではありませんが、様々な理由から
“目に見えない存在”にされている子どもたち。
社会から排除されている子どもたち。そんな子どもたちの声を
集めて特設サイトをオープンいたしました。

ぜひ、ご覧になって、子どもたちの声を聞いていただけませんか?

▼特設サイトはこちらから
http://www2.unicef.or.jp/jcuApp/servlet/common.FwControl?cd=M12&pg=11



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2006年06月12日

エレベータ事故 第三の責任者

世界第2位のシェアをもつシンドラー社のエレベーター事故が社会問題となっています。
捜索の過程で、問題となったエレベータはブレーキ部分が故障していたということがわかってきました。

シンドラー社のWebサイトには以下のようなコメントが掲載されています。
――事故がありましたエレベータは、シンドラーエレベータ株式会社が1998年に設置を行い、2005年3月までは当社が保守を担当し、その後は2社が保守を行っております。
シンドラーエレベータ株式会社は日本エレベータ協会の一員であり、お客様のエレベーター設備においても同協会の基準に基づいて設計されております。エレベーターの設計は、最高水準の安全を確保するために定められております、国の規定や基準に基づき厳しい検査が行われます。――

この事件については、メーカーと管理会社とがお互いに責任のなすり合いをしているのが現在の状況です。
シンドラー社のエレベータについては、海外でも事故が多発しているという報道があります。
ただ、他のメーカーのエレベーターによる事故も少なくないとも報道されています。

本日のTV報道において、問題となったエレベータの管理会社の元社員による内部告発がスクープされておりました。
その管理会社の点検作業とは、ほとんどカラ点検で、問題箇所については、「事故があったときに責任問題になるから触れるな」と上司から命令されていたとのこと。
多くのエレベータ事故の責任が管理会社のほうにあると仮定すると、世界中でシンドラー社の事故だけが目立っているのは、単にシェアが高いからであるとも推測されます。

マスコミ報道で発表されている国内での同社エレベータのトラブル例は、福岡中央公共職業安定所、さいたま新都心合同庁舎、東京都営住宅・・・と、公共の施設がほとんどです。
このように公営住宅や公共施設がシンドラー社エレベータを導入している理由は、価格が安いため入札に強いことだそうです。
だとすると、そのエレベータの管理を受託している業者も、入札を経てかなり安い金額で業務を請け負っている可能性があります。

この報道番組の中では、エレベータの製造会社と管理会社との双方に問題があるのではないか、とコメントされていました。
しかし、一方では雇用保険事業や公共工事などにおいて多額のムダ金を使っていると批判されながら、一方ではこのような人命に関わるような業務発注の部分で出費を最小限に押さえ、ただ単に業務を安く請負う業者を選ぶだけの「官」のあり方にも問題があるのではないでしょうか。


関連記事
「株式会社による病院経営」

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2006年06月06日

株式会社による病院経営

「民間にできることは民間に」の小泉首相の理念のもと、株式会社による病院経営が解禁になりそうです。

株式会社参入によって、医療が金儲け本位になり、患者が所得によって差別されることにもつながりかねないという反対意見もあります。
確かに、ある面ではそのような危惧もあります。しかし、国営企業でもない限り利潤が出なければ経営の存続はありません。
そして現実を見た場合にも、経営者が営利を第一に考える傾向があるのは株式会社にしても医療法人にしても全く同様です。
過剰診療、医療ミスの隠蔽、医療報酬を稼げない長期入院患者が病院をたらい回しにされるなどの問題が、公営法人であるはずの現在の病院に多々発生しております。
医療法人の経営する病院において、医療が金儲けの道具にされてしまっていることは純然たる事実です。
むしろ私は、医業の分野にサービス業の経験とノウハウを持つ株式会社が参入し競走原理が持ち込まれることによって、顧客満足の重要性がクローズアップされ、病院経営の近代化が促進されてくるのではないかと思います。
そうであるとすれば、これからの医業経営には大革命が起こる可能性があります。

一般的に医療の世界では、患者に対する接遇やサービよりも、技術のレベルが重要視されます。人の命を扱うという職業の特性上、ある意味それは当然です。
しかしながら、現実問題としては医師の技術水準を素人が判断することはとても難しいので、患者は必ずしも医師の技術を判断して自分の掛かりつけ医を選んでいるわけではありません。
むしろ院内の雰囲気、受付や看護婦や医師の接遇、インフォームド・コンセントやアフターケアへの取り組みといったもののほうが口コミに影響し、経営を左右する場合が多いのです。
そのように考えると、これからはサービス業的な経営感覚が医業経営にも求められてくるのではないかと思います。
サービス業を知らない経営者のいる病院、顧客満足やサービスについて関心をもたない経営者のいる病院は、軒並み淘汰されていくことになるでしょう。
ことに組織論や接遇面から言えば、医者の世界の常識がサービス業の世界では非常識であると考えられている場合が多いのです。しかし、ドクター兼務の経営者で、このことに気づいていない方が大半です。

医業の近代化を進めるにあたっては、基本的には、技能職と経営管理職との職務の分業化、立場上のフラット化が必要です。
基本的には、経営管理職にはサービス業界の経験豊富な人材を登用し、その者に組織運営の権限を持たせるべきでしょう。
そして、技能職と経営管理職とは、それぞれに異なる内容の職務で法人運営の重要な役割を分担する者として、お互いに尊重し合える組織風土を作ることが重要です。
ただし、その際には組織の理念や将来ビジョン、夢を共有することが前提条件となります。

それでは、サービス業の高度なノウハウをもった株式会社が病院経営に参入してきたときに、これまでの病院がそれに対抗する手段として、具体的に何をすべきなのでしょうか。
私は、医療法人は、今こそ「公益」法人の原点に戻るべきではないかと思います。
公益法人は法人税が優遇されており、また株主配当がありません。したがって、その利益の一定率を社会事業に使うことによって、公益法人たる病院が地域社会から絶大なる支持を得られる可能性があるのではないでしょうか。
現に、ソーシャルワーカーを置いて健康や介護、生活資金に至るまで生活全般についての無料相談を行っている病院もあります。
また、小児科など採算性の薄い部門や僻地医療への積極的な取り組みなどの姿勢も必要でしょう。

参考サイト
「中小企業の顧客満足経営」
関連記事
「病院は過信できない」



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posted by Y.Takahiro at 01:17 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 『世界』の章

2006年03月04日

日本人の使命を遺伝子から考える

2月25日 TBS「人間とは何だ」という番組を見ました。
科学的な立場から、実験を交えながら人間の脳や心の動きを検証するという内容。

番組によると、現代人は、脳と身体のバランスが極端に崩れているといいます。
例えてみれば、身体は田舎のまま(原始的なまま)なのに、脳だけが都会化しているとの事。

しかし、日本人の98%は、繊細でストレスに弱い「S遺伝子」をもっており、激しい競争社会などに晒されると傷つきやすいのだそうです。
そして日本人の31万人がひきこもり状態にあるとの事でした。
ストレスやプレッシャーに弱い遺伝子を持つ日本人は、他の民族と比べても、人との争いや競争によって心身のバランスを崩しやすい民族なのです。

また、仕事をすることが、イコール幸せを創ることなのか?
日本人の世帯収入と幸福度との関係を調査したところ、収入がある一定以上になると幸福度が落ち始めるとの結果が出ており、結局は、お金があれば人間は幸せなわけではないと番組では結論づけていました。

現代は、社会全体が「経済」という化け物を信仰する巨大な組織宗教になっているのではないだろうか?と私は思います。
本来は生きるための手段でしかなかったはずの、お金を得るという活動が人生の目的となり、より多くのお金を得るために自己の心身を酷使し傷つけることを美徳とする、空恐ろしいカルト洗脳社会です。
その洗脳の強い人たちほど、他人と協調をしたり、心を平穏に保つことの大切さについて考えることをしません。

ところで、皆様の中には、そうはいっても血まなこになって働いてお金を稼ぐことによってしか、現代社会では生きていく手段がないのではないか、と主張される人もおられるでしょう。
しかし、あなたがいつまでもそう考えているうちは、ストレス社会の呪縛から解き放たれることはなく、人生は決して向上しないでしょう。
この部分について私は、記事「頑張らないこと。それが成功の法則」で言及させていただきました。
私は自己の体験から、無理をして頑張らないほうが収入も安定し、人生を好転させるいいチャンスにも恵まれるという確信をもっております。

現代人が脳中心のストレス社会から心を取り戻す方法として、番組の中では、箸を使用する日本的な食事作法、金魚すくい、折り紙といった日本文化の復興が取り上げられていました。
また、「田舎と都会」というフレーズがありましたが、もともと日本の田舎社会の原点は稲作文化にありました。
稲作文化とは、皆が自然の摂理に感謝し、競争を好まず、一人ひとりが自立しながら、なおかつ助け合いながら生きていく落ちこぼれのない文化です。
争いを好まない日本人の遺伝子の性質から考えても、私たちはそのような文化の中で生きるべき民族なのだと思います。

今こそ、日本人は洗脳状態から脱する時です。
会社や仕事やお金に人生が支配されることを選択するのではなく、まず自分の人生の真の目的を発見することです。
そして、日本は欧米の経済支配から自立するべきです。
日本民族には、この狂気の経済競争が支配する今の国際社会を、何か違う形態の社会へとパラダイムシフトさせる使命を、天から与えられているのではないだろうか?と私は思っております。


関連記事
「地域通貨が世界を変える」
「稲作文化的思考のすすめ」
「上下関係を作る人、作りたがらない人」
「国際紛争も飢餓貧困問題も、解決法は日本の自立にあり!」

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posted by Y.Takahiro at 20:27 | 東京 ☀ | Comment(5) | TrackBack(2) | 『世界』の章

2006年02月17日

頑張らないこと。それが成功の法則

私は、小規模事業者です。
大雑把に言うと、今、3つの職業を持っています。

そのうちひとつは、週3日だけ勤務するサラリーマン業です。
もうひとつは、インターネットを利用した個人事業。
あとのひとつは、近々始める予定なのですが、業務請負業の仕事が準備段階にあります。
仕事以外に、非営利の社会活動もしています。

いろいろなことを並行してやっているのですが、ひとつを除いて、あとはすべて順調です。
何よりも嬉しいことは、人間関係が良好であることです。
しかし、残念ながらひとつだけ順調ではないものがあります。それはサラリーマン業です。
どういうわけか、他の事とは対象的に、それだけがなかなか計画通りに事が運びません。

このように失敗と成功とを同時に体験しているうちに、私は、ひとつの【成功の法則】を発見したのです。
私は、ビジネスで成功する法則とは、「頑張り過ぎない」ことにあると確信しました。

たとえば、今やらなければいけない大切な仕事が5つあったとします。
さて、あなたは、どうしますか。

大切な仕事が5つもあったら、生真面目な人ならば、どうすればこれらを早く片付けることができるかを一生懸命に考えて、夜も眠れないかもしれません。
また気の短い人ならば、一気に片付けようとして猪突猛進。必死に頑張るでしょう。

結果として、なんとか仕事を処理できたとしても、どこかで重大なミスを犯していたり、場合によっては、すべてが空回り。すべてが中途半端になってしまって仕事がなかなか終わらず、思いのほか長引いてしまう、ということも多いのではないでしょうか。
中には、とても器用に、正確に一気にこなしてしまう人もいるかもしれません。
いずれにしても、そのように無理してこなす仕事は、決して楽しいものではありません。
そして、そういう精神的に無理な生活が長期に渡ると、知らず知らずのうちに身体が病んできたりします。

私の場合には、大事な仕事が5つもあったら、まず、そのうち最も重要なものをひとつだけ選んで、それだけに打ち込みます。
その仕事が終わったら、一息入れてから次の仕事に移ります。
相手のある仕事であっても同じです。
今はどうしてもやらなければいけないことがあるので、終わるまで少し待ってください、とあらかじめ相手に丁重に断っておけばいいのです。

結果として、そのように頑張らないでやった仕事の方が、良い成果を生むのです。
頑張らずに、自己の気持ちに余裕をもつことができれば、人間関係も良くなります。
ところが、焦っていて精神的に余裕がないと、人間関係も悪くなります。
頑張らなければ、何も問題が起こりません。
頑張らなければ、経済的ロスも起こりません。

ところが、サラリーマン業をしていると、どうしても頑張らざるを得なくなります。
自分に仕事を指示、命令をしてくる上司がいるからです。
会社という組織の中にいると、マイペースが許されないのです。
顧客や取引先が許しても、なぜか会社がそれを許してくれないのです。
上司の顔色を見ながら、時間を気にしながら、頑張ってたくさんの仕事を同時にこなしていくようになります。

そのようにしてこなす仕事は、決して楽しいものではありません。
楽しくないから、結果もよくありません。仕事の品質が落ちるのです。
そして、なぜか同じような状態が取引先にも起こります。
発注した仕事が、約束どおりの期限に仕上がってこなかったり、品質が悪かったりします。
これが、波動の伝播です。

資本主義社会における企業というものの宿命なのでしょう。
現状は経営状態が悪くなくても、ライバル企業にいつか蹴落とされるのではないか、いつか業績が下降するのではないか、と常に考えている不安神経症の経営者がいかに多いことか。
経営者のそういう不安や恐怖の心が、良くない社風を作ります。
そういう会社に限って、なかなか業績が上がってきません。

おそらく、ホリエモンも不安神経症だったのではないでしょうか。
だから、焦って事を急ぎすぎた。
また、その性急さが社員の不満や反感を招き、内部告発を発生させた。

私は、そのような経営者に問いたい。
あなたは何のためにその仕事をやっているのですか? 人生楽しいですか? と。

不安で夜も眠れなかったり、不安のあまりに社員に当るようならば、その会社を畳んで職を変えたほうが良いと思うのです。
人間は、苦しい仕事を無理に続けるために生きるのではなく、楽しみを見つけるために生きるのです。
ストレスを感じ続けるために生きるのではなく、喜びを感じるために生きるのです。

ビジネスで成功するために大切なこと。
それは、頑張らないこと。
そして、心にゆとりのある人と付き合うことです。
そういうことを心掛けていると、波動の伝播が起こり、頑張らなくても、良い人脈や、良いチャンスに恵まれます。

これが、失敗と成功をいま同時に体験している私の結論です。

関連記事
「人と人との出会いは必然」
「身体と心に玄米菜食の重要性。」
「働く喜び」

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posted by Y.Takahiro at 20:00 | 東京 ☁ | Comment(6) | TrackBack(1) | 『世界』の章

2006年02月03日

郊外型ショッピングセンターの規制

昨年12月20日、政府・与党が検討している都市計画法の改正案が明らかにされました。
これは、延べ床面積1万平方メートルを超える大型店舗の郊外進出を規制する内容のもので、郊外への店舗進出に歯止めをかけ、停滞する中心市街地の活性化を促す狙いです。

昨晩、ある報道番組を見ていましたら、この件について、「大愚挙か?」というタイトルでかなり批判的にコメントされておりました。
規制は出店競争に水を差し都市の衰退を招く、大規模商業施設の郊外出店は車社会なのだから当然、街づくりは政府が一方的に決めるのではなく消費者主権、住民参加でやるべき……、などの内容でした。
これらの論評は正論です。
おそらく、各地域ごとに住民投票をしたら、規制反対派が多数となるでしょう。

しかし、実はこの規制に私は賛成派なのです。
確かに地方都市は車社会となっており、郊外の広い場所に無料で車を停めることのできる駐車場付きの大型ショッピングセンターがあれば、多くの消費者にとって便利です。
ただし、それは健常者の理論、強者の理論なのではないでしょうか。
これまで、郊外への大型店舗進出を促進してきた地方都市では、行政の超高齢化社会に対する対応はどうだったのでしょうか。

多くの地方都市に共通している傾向として、郊外は新興住宅地が多く比較的年齢の若い人たちが居住しており、逆に駅前の古い市街地は平均年齢の高い住宅地となっている場合が多いようです。
駅前の商店が無くなったときに、車を運転できない高齢者や身障者はどこにへ買い物に行けば良いのでしょうか。
郊外の商業地まで往復する路線バスがあれば良いのですが、マイカー所有率の高い地方都市ではバス会社はほとんど採算が取れず、運行数は減る一方です。
また、郊外型の商業地は、広大なエリアに大きな駐車場に囲まれた店舗が点在していることが多く、郊外に居住している人たちにとってみても車を使用しなければショッピングをして回ることは難しい地域となっています。

日本人の平均寿命は世界トップクラスですが、医療費も世界トップクラスです。
病気がちで健康ではないお年寄りが、たくさん暮らしている国なのです。
また、車社会が正しいのかどうかという議論も必要です。郊外型店舗の発展と路線バスの衰退は、車社会化に拍車を掛け、資源の無駄遣い、地球環境の悪化にもつながります。
消費者主権、住民参加は正しいのですが、強い立場の消費者や住民だけの意見を聞き、現状だけを見て日本の将来を見据えた政策を怠るならば、日本は住みにくい社会になってしまう可能性があります。

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posted by Y.Takahiro at 00:44 | 東京 ☁ | Comment(5) | TrackBack(3) | 『世界』の章

2006年01月27日

地域通貨が世界を変える

今回のライブドア事件は、マネーゲームというものが、人間の幸福とは全く関係の無いところで行われる、実態の無い経済活動であることを私たちに教えてくれました。

本日は、貨幣経済社会の問題点と、地域通貨という新しいお金の考え方についてまとめてみます。


物々交換の時代

貨幣経済が発生する前の時代においては、人々が労働をする目的は、自己が消費をする生活物資の生産にありました。
自分が消費するための生産ですから、質の良いものを生産することが重要であり、身体に害のある添加物入りの食品をあえて生産するようなことは当然ありませんでした。
また、この時代の人々は、自分で生産をして自分で消費をし、余分なものは交換してお互いに必要な物を融通しあっていました。
物々交換をしても、なおかつ余っている場合には、それを不足している人々に無償で分け与えました。
ものを大切にする時代においては、余った生活物資を手元に置いて腐らせるよりは、助け合いの精神で欲しい人に無償で分け与えたほうが意義のあることと人々が考えていたからです。
ただし、この物々交換には欠点がありました。
それは、何か緊急に必要とする物があっても、それと交換できる物を、その時に持っていないと手に入れられないということです。
そこで人類は、貨幣というものを発明したのです。

貨幣経済社会の誕生

貨幣が発明されてからは、人々は自分が必要な物をお金と交換するということが、ごく一般的になりました。
そして貨幣は、たくさん持っていれば、いつでもどこでも好きなものを手に入れることができるので、その魅力に多くの人々がとりつかれていきました。
こうして、物々交換の時代には考えられなかった事態が起こりました。
人間社会の中で、物の流通とは関係の無いところで、お金が一人歩きをし始めたのです。
人々の生産の目的、労働の目的、そして生きる目的自体が、お金を得るということに変わっていったのです。
そして、より多くのお金を得ることを目的とする集団、すなわち企業が誕生しました。
企業による生産活動は、必ずしも人々が健康的に幸福に暮らすことに寄与するものではありませんでした。
物々交換の時代には、自分たちが幸福に生きていくために必要としているものを生産することが最高の価値と考えられていましたが、貨幣経済社会になると、お金を稼ぐことが最高の価値と考えられるようになりました。
企業は、少しでも多くのお金を稼ぐために、身体に害があるとわかっていながらも、生産コストを押さえて大量の食品添加物を使用した食品を大量生産し、それを多くの人々に供給しました。
また、そういう企業が生産性向上のために発明した技術は、大気汚染や水質汚染、森林伐採といった環境破壊を発生させました。

自己増殖を繰り返す貨幣

他人よりもお金をたくさん持っている人たちは、そのお金を世の中のために使うことよりも、自分の将来のために運用してもっと増やすことを考えるようになりました。
お金自体を商品にすることを思いつき、お金を企業に貸して、利息を取ってお金儲けをするという新しいビジネス、すなわち銀行が誕生しました。
企業は、銀行からお金を借りて、それを元手にお金儲けをし、儲けた利益の中から利息を銀行に払っていくことを繰り返すことが一般的になりました。
企業が銀行に対して利息を返済し続けていくことが可能な社会を持続させるために、政府は政府系の銀行を作って、世の中のお金の総量がどんどん増えていく仕組みを作りました。
お金はどんどん世の中に増殖していき、そして実体経済から乖離した余剰資金が世界をさまよい始めました。
余ったお金は、世界のあちこちで更なる利益を求めて投資されました。
これが「グローバルマネー」です。
とうとう、お金は「マネーゲーム」という、お金持ちの娯楽の手段になりました。 

貧富の差を生み出す貨幣

銀行は、儲かるところにだけ融資をしました。したがって、お金は、儲かるところにだけ大量に投入され、儲からないところには流通しませんでした。
一部の伝統的な産業にはお金が流通しなくなり、多くの失業者を出しました。
こうして、お金を大量に溜め込む人々と、お金を得ることが難しい人々とが二極分化しました。すなわち貧富の差が拡大していったのです。
貨幣経済の発展により、経済的な利権争いを発端とする戦争や地域紛争が世界中に頻繁に起こりました。
同時に、グローバールマネーの多くが、戦争ビジネスに投資されました。戦争が、お金持ちのマネーゲームの道具になったのです。
そして今、お金を持っていないために餓えて死んでいく人々や、戦争や紛争で死んでいく人々が、世界中で毎年何万人も発生し続けているのです。

地域通貨LETSの発想

LETS(local exchange and trading systemの略/地域通貨とも呼ばれる)は、物々交換の欠点と、貨幣経済の欠点との両方を解決することを目的として生まれたものです。
LETSは、互いに見知らぬ人との間で広範囲に交換がなされうるというという点で、一般の貨幣のように市場性がありますが、LETSは物やサービスを交換するための道具に過ぎないものでそれ以上ではないという点で、お金自体が独立した財産価値を持つ貨幣とは本質的に異なります。
LETSは、それ自体が独立した財産であるとは認められておりませんので、原則としてLETSに利子が付くことはありません。
LETSは、@運営団体、A登録会員、B通貨または通帳から構成されます。
そして、LETSは政府が発行するものではなく、原則として消費者や生産者が主体的に発行します。


関連記事 「ライブドアの社員満足」

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posted by Y.Takahiro at 16:23 | 東京 ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | 『世界』の章

2006年01月24日

ライブドアの社員満足

ライブドアグループの堀江貴文社長が証券取引法違反容疑で逮捕されました。
衆議院議員選挙への出馬以来、アイドルタレント張りに頻繁にマスコミに登場していた堀江氏の逮捕は、政界・財界だけではなく国民全体に影響を波及させる年頭の一大ニュースとなっております。

もちろん違法行為はあってはいけないことなのですが、この事件の報道を見ていて私が最も注目したことは、違法行為の発覚が内部告発を発端としているということです。
IT企業なのに、内部情報がよく外に出てくる会社だったようです。
ことに、M&Aによってライブドアに買収された企業の内部では、給料が下がったり条件が極端に悪くなったりで、不満をもっていた社員が非常に多かったようです。

マスコミでは国民のアイドルに祭り上げられた堀江社長は、実は内部に敵をかかえる、肝心な足元がもともと脆弱な経営者だったということができるでしょう。
言葉では世界平和だ、人類の幸福だと言いながら、実態は社員の幸福も考えずに自己の野望とマネーゲームに溺れていた人物だったのでしょうか。
オウム真理教の麻原教祖が逮捕前に頻繁にTVバラエティ番組に登場して愛想を振りまいていたことを、ライブドア事件から連想してしまったのは私だけでしょうか。

顧客満足は社員満足から始まると言われています。会社にとって、まず最も大切な顧客は社員であるということです。
厳しく叱咤しながら社員教育を行い、スタッフをマニュアル漬けにすることによって顧客満足を構築しようとしている会社をよく見かけます。
しかし、本来そういうものは顧客満足ではなく、会社の自己満足にすぎないのです。

教育システムだけはしっかしているが、社員にモチベーションが全くない企業がたくさんあります。
そういう企業は、社員がお客様を迎える姿や、接客をしている姿を見ているとよくわかります。
話し方はわかりやすいし動作も機敏なのですが、どこか素人の演劇を見ているような印象を受け、そのコミュニケーションからは全く人間味や温かみが感じられないことが多いのです。

営利が第一目的の「ビジネス」という活動であっても、結局は人間と人間との関係で成り立ちます。
社員が自分の会社を好きになり、その仕事に誇りをもち、自然とモチベーションが上がってくるような社風を作らなければ、お客様から支持される企業にもなりません。
そのためには、絶対服従の関係ではなく建設的な意見ならば誰でも発言することができる風通しの良い組織、下層部のスタッフにも光が当たり努力が報われる評価と待遇、全社員が共有できる空想ではない現実的な夢や目標があることなどが重要なのです。

関連記事
「波動経営 成功の法則」


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2005年12月25日

オタクが世界を変える!

「オタク」という言葉を知らない人はいないでしょう。それだけ、この言葉が一般化してきました。

「オタク」の定義は、部屋に閉じこもってマンガやアイドルを愛好する人物のことを指した当初の意味から脱して近年では広義にわたっており、自分の時間やお金の多くを特定の趣味や活動に費やす人たちの総称を指すようになってきたようです。
ただ、いずれにしても「オタク」とは、「長い物には巻かれろ」主義、「横並び」主義によって自己の精神的安定を求めてきた多くの現代人とは対極の位置に存在する人たちである、と言って良いのではないかと思います。

バブル景気の時代、「ステイタス」という言葉がありました。高級外車、別荘、愛人、会員制クラブ・・・こういうものを所有しているとカッコいいとされ、人々の憧れの的でした。
しかし、そのような人たちが「オタク」と呼ばれることはありませんでした。
では、ステイタス族とオタク族との違いは何だったのかというと、人生の勝ち組とそうでない人の違いだったのです。

人生の勝ち組とは、資本主義社会においては、お金持ちのことを指します。
一部のお金持ちの資本家が社会の頂点に立ち、資本家が決めた価値基準に隷属的に従う大勢の「長い物には巻かれろ」主義、「横並び」主義の人たちによって支えられるのが資本主義社会です。
そして、人間関係が常に上下関係、主従関係によって成り立つのが資本主義社会なのです。
そういう社会のしくみからドロップアウトした少数の人たちが、「オタク」と呼ばれる人たちでした。

ところが近年、このような社会の構造に変化が見え始めてきました。
とくにITが普及し、価値観の多様化に向かっている現代、今までの社会の常識に縛られない様々な自己流のライフスタイルを創造する人たちが増えています。
会社という組織に縛られないでSOHOで生計を立てようとする人たち、かつては多くの人たちの憧れだった大都会での生活を捨てて田舎暮らしを始める人たち、金儲けよりもボランティアや精神的な充実を求める活動に自分の時間を使う人たち・・・
このように、権力や強者が作った価値基準に従うのではなく、自分のために自立したライフスタイルを志向する人たちが、今、増えております。
これは、「オタク」族の大衆化といっても良いのではないでしょうか。

まさに今、パラダイムシフト期。古い社会常識の転換が起こりつつあります。
マンション耐震強度の偽装事件や、内部告発による自然食品業者の摘発事件などに見られるように、今までは堂々とまかり通っていた強者の理論、すなわちウソごまかしが通用する時代が終わりを告げようとしています。
それは、個人が自立し始めた証拠です。
これからは、人生の勝ち組とは、お金持ちのことを指す時代から、自己のライフスタイルを確立した自立した人のことを指すようになるのではないでしょうか。

「オタク」が自立した日本を創る。
「オタク」が世界を救う。
私は、そう自己肯定している昨今です。


関連記事
「上下関係を作る人、作りたがらない人」
「ステイタスから主体性の時代へ」
「国際紛争も飢餓貧困問題も、解決法は日本の自立にあり!」

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2005年12月18日

国際紛争も飢餓貧困問題も、解決法は日本の自立にあり!

皆さん、日本の食糧自給率ってどのぐらいかご存知ですか?
アメリカや中国や北朝鮮の食糧自給率と比較した時に、日本はどのぐらいの位置にあるかわかりますか?
以下が、その答えです。


 食糧(穀物)自給率

 オーストラリア   272%
 フランス      176%
 ドイツ       132%
 アメリカ      127%
 インド        106%
 中国         95%
 北朝鮮        68%
 日本         24%

 ※国連FAO「食糧自給表2003」より引用

なんと、日本の食糧自給率は北朝鮮よりも低いのです!!


国連食糧農業機関(FAO)に勤務されていた上村雄彦さんという方がおられます。
上村さんは、世界から貧困を無くそうという志をもって国連に入職されました。

国連の仕事で、ある飢餓に苦しむ発展途上国を訪問したときに、不毛の荒地の向こうに、なんと、青々と茂る広大な農地を見たそうです。
「この国の人たちは、あの農園で取れた作物を食糧にしているのですか」と上村さんが地元の人に尋ねたところ、
「あれは日本へ輸出される作物を育てるための農園です。この国の人たちの口には入っていません。」という答えが返ってきたそうです。
あの大規模なプランテーションがあるために、周りの土地は栄養分をすべてそこに吸収されて、すっかり作物の育たない荒地になってしまっていたのです。
それを知った時、上村さんは、国連を辞めよう、と決心したのです。


皆さんは、どう思いますか。
私は、この話を聞いて、心が痛みました。
私たち日本人の物質的豊かさは、実は、こんなところから来ていたのです。
私たち日本人の多くは、こういう事実について、あまりにも知らなすぎる。
というよりも、薄々と知ってはいても、知らないふりをして、目をつむってしまっている人たちが多いのではないでしょうか。


以下、上村さんのホームページからの引用です。

*********************************

「なぜ日本はアメリカのイラク攻撃を支持したのか?」ということを考えてみた時、見えてきたのは「日本は食糧も、エネルギーも自給していない。だからアメリカの言いなりになるしかない。そして外交も自立できない!」ということでした。
今回の日本のアメリカのイラク攻撃支持も、地球環境破壊や貧困問題の根本原因も、実はほとんどすべて日本が食糧やエネルギーの面で自立していないことと関係があります。
つまり、いま日本が自立するということこそが、平和の実現のためにも、環境破壊を食い止めるためにも、飢餓・貧困をなくすためにも必要なことなのです。

*********************************

日本の自立。
それが、世界の存亡を左右していると言っても過言ではありません。
日本の自立について、上村さんは講演活動やメーリングリストを通して啓蒙活動を続けております。

もしご興味のある方は、上村さんのホームページを訪問されてみたらいかがでしょうか。

「JJプロジェクト」 http://jj-project.net/


関連記事
「現代栄養学の間違い。牛乳・チーズ・卵は危険!」
「徳育の無くなった日本社会の荒廃」
― ヨハネの黙示録 ― が現実に!不都合な真実

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2005年12月14日

「ステイタス」から「主体性」の時代へ

本日は、マンション耐震強度の偽装問題で、国会で証人喚問がありました。

実は以前、私は不動産業界の仕事をかじったことがあります。
それは、ちょうどバブル景気の真っ只中の頃でした。
とにかく、あの頃は、世の中が活気に満ち溢れていました。
まあ、何でも売れた時代ですね。
ちょっとぐらい品質的に疑わしい物でも、すぐ売れてしまった。
なんか、ビジネスそのものが、うそ臭かった時代でしたね。

そして私は知っています。今回の事件は氷山の一角だということを。
あの頃、手抜き工事で建てられた住宅があちらこちらで大量生産され、それが飛ぶように売れていました。
自分の会社の商品ではなかったことが幸いでしたが、欠陥住宅が目の前で売れて行く様子を、私はまざまざと見せられていました。
そういう住宅が後になって傾いたり、結露だ、ひび割れだと問題が表面化して、家主が訴えたときには当時の建設会社は倒産して無くなっていたとか、いろいろと社会問題になりました。

しかし、今回の事件がいままでと違うところは、大きな被害が現実に発生する前に問題が表面化したことです。
大地震で建物が倒壊して、多数の死傷者が出る前だったのが不幸中の幸いです。

現代という時代がバブル期と違うのは、高度情報化社会にあるということです。
一般の人が、様々な情報を簡単に手に入れられる時代になりました。
高度情報化社会は、ウソごまかしが効かなくなる社会です。
これからの産業は、本物だけが求められるようになってくるでしょう。
外観だけが立派でも、また従業員の態度だけが立派でも、本物商品を売っていない企業はすぐに潰れていきます。

高級車、別荘、ゴールドカードなんていう、「ステイタス」の時代はもう終わりました。
物事の価値を企業が決めるステイタスの時代は終焉し、今はひとりひとりが自分の価値基準をもち、ライフスタイルを自分で決める時代。「主体性」の時代にシフトしつつあります。
過去の亡霊に囚われている企業はもちろん、主体性をもてない人も、社会から淘汰されていきます。
最近、国内で犯罪が多くなったのも、そういうパラダイムシフトに乗り切れずに苦しんでいる人たちが、狂気に向かっているためなのではないでしょうか。

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posted by Y.Takahiro at 22:55 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 『世界』の章

2005年12月08日

「徳育」の無くなった日本社会の荒廃



近頃、痛ましい事件が多いと思いませんか?
特に心が痛むのは、人から恨みを買うはずもない小さな子供が犠牲になる事件。
皆様良くご存知かと思いますので、ここで具体例は詳しく申し上げません。
相当な数の警察官を動員して犯人の検挙に全力を挙げているとの事ですが、しかし、すべて対処療法!
このような犯罪が起こってしまってから、国民の税金をたくさん使って犯人の逮捕に全力を挙げるのでは、遅いのではないでしょうか。
亡くなった人の命は戻ってきません。

これ以上治安が悪くならないように、社会の根本的治療が大切です。
日本の社会が病んでしまった根本原因は何なのか、その対策として何が考えられるのか、専門家を総動員して国家的なプロジェクトとして対策に取り組むべきです。

昔は、日本は世界に稀に見る治安の良い国だと言われていました。
生活の欧米化に伴って、日本の社会は好ましくない状況に向かってしまったように思えます。
欧米的な生活が悪いというわけではありません。
国土も狭く、気候風土も欧米とは違う日本が無理やり欧米の真似をしたら、社会に歪みが出るのは当然なのではないでしょうか。
日本には日本の、古き良き文化があったはずです。

戦前の日本の学校教育には、「知育」、「徳育」、「体育」と三つの柱がありました。
しかし、敗戦後、アメリカの占領政策の中でこれらうち「徳育」、すなわち道徳教育が廃止されました。
なぜならば、当時の日本人の強い団結力や精神力の源は「徳育」にあり、これが戦争を長期化させた原因でもあったと占領軍が考えたこと、またこれから世界の盟主になっていこうと考えるアメリカにとって、日本の国力の源泉ともなっていたそのような教育制度が脅威だったからです。

徳育が廃止されたこともひとつの要因となって進行した日本の生活共同体の崩壊と続家族化、農業の衰退と食生活の肉食化、資本主義経済の進行による貧富の差の拡大・・・・。
私はこのような生活環境の変化が、日本社会を荒廃に導いたのではないかと考えております。


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posted by Y.Takahiro at 09:45 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 『世界』の章
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