2006年11月28日

「苦集滅」道

仏陀(ブッタ)は、人間の本質的な生き方・あり方として、苦・集・滅・道という四つの原理(四諦)を説きました。

「苦」とは、人生とは生老病死という苦である、という意味。
「集」とは、生老病死を苦と感じる原因は、ものにこだわるからである、欲望が尽きないからだ、という意味。
「滅」とは、苦の原因を滅した状態。一切のこだわりを消滅させた悟りの境地。
「道」とは、苦の原因を滅するための方法。正しい生活、修行のこと。

宗教史・思想史研究家の山折哲雄氏は、著書の中で、
――おもしろいのは、正しい生活を送れという勧告が、最後に来ていることだ。――
と述べています。

つまり、仏陀がもし「正しい生活を送ることによって、悟りの境地に達しなさい。」と言いたかったのならば、文字を 道→滅 の順に並べるはずなのに、実際には 滅→道 と並んでいる。
その理由は、仏陀は、聖者になることが人生の目的であってはならない、聖者をめざす簡素にして誠実な生き方をする過程のほうが、はるかに重要であると言いたかったからだ、と山折氏は言います。

私はこれを読んで、なるほど、納得してしまいました。

人間はもともと神の分身ですから、誰もが本質的にもともと聖者なのです。
しかし、神の計画した深遠な理由があって、神は己を分割し、そのそれぞれに自分が神であることをあえて忘れさせ、あえて肉体という不自由なものを纏わせることによって、苦・集の体験の旅に出したのです。
その苦・集を体験する旅人が、私たち人間であるわけです。
したがって、もし人間が、この世に生まれた途端に「滅」を達成し、聖者や超人になってしまったとしたならば、神が人間を創造した意義がそもそも失われてしまうわけです。

「苦」「集」はいけないことだから、一日も早く「道」を究めて、「滅」に至りなさい、とは仏陀は決して言っておりません。
むしろ、「苦」「集」は良いことだから、そのプロセスを十分に味わった上で、「滅」に至りなさいと言っているといっても過言ではないと思います。
苦・集・滅・道とは、「苦・集・滅」というプロセスを経験する人生の道、すなわち「苦集滅」道、なのです。

苦しみの体験が多いほど、それらを滅して悟りの境地を達成したときの喜びが、より大きいのです。
生老病死の苦しみは、神様が私たちの魂を成長させるために創造した、神様から私たちへのプレゼントだったのです。
私たちは、ひとつひとつ課題を克服していく中で、人生の喜びと幸せを見出すのです。
本当に幸せになりたければ、苦労から逃げることなかれ。ということです。

では、人が完全なる「滅」の域に到達して、人生の課題が何一つ無くなり、真の聖人になってしまったとしたら、その後どうなるのでしょうか。
これは私の個人的見解ですが、この世に生きている人間の中に、真に悟りの境地に達したままで何日も生きている人というのは、おそらくいないのではないかと思います。
人間として生きている目的を失ったまま、いつまでもこの世に存在しているはずはないと思うのです。
そういう意味で、宇宙には、地球人よりもはるかに精神文明の発達した人が住んでいる星があるそうですが、そこで生活している人たちでさえ、真に悟りの境地に達している人はいないと思います。
もちろん私たちが抱える悩み事の内容と比べれば、その質が全然違うと思いますが、彼らも日々、様々なことで苦悩し、ひとつひとつ課題を克服しながら、新しい喜びを発見しているに違いありません。

以下の記事は、この「苦集滅」道 をより深く研究するための参考になるのではないかと思います。

関連記事
女性の出産の痛み、その理由
人生の意味を語る『般若心経』の智慧
思いは実現しない!
生老病死を考える


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posted by Y.Takahiro at 18:24 | 東京 🌁 | Comment(3) | TrackBack(0) | 『宇宙』の章

2006年11月07日

パワースポット☆伊豆大島

11月3日から、会の仲間と伊豆大島合宿をしました。

特別ゲストとして、臨死体験からプレアデス星文化の記憶を授かったことがきっかけで「麻」の平和利用について研究をされている中山康直さんと、人は食べなくても生きられると確信し「不食」を実践している山田鷹夫さんも参加されました。

目に見えない何かの力が呼び寄せたのか、この日の一般参加者もパワフルなメンバーが集まり、全員が不思議体験をするという特異なツアーになりました。

溶岩が堆積してできた裏砂漠では、二夜にわたって横長の明るく点滅する横長の発光体が出現し、それを全員が目撃しました。
どうも、あれはUFOの母船らしく、私たちに合図を送っていたのではないかとのこと。

中山康直さんほかこの島に住んでいる方々からお伺いした話では、この島は昔から密教とUFOに縁が深いようです。

奈良時代に生きた山伏の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が修行をしたといわれる洞窟「行者窟」はピラミッド型の山の麓にあり、ここは大島を代表するパワースポットなのですが、その洞窟の入口は大島の形をしており、さらに大島の形は宇宙人の横顔の形をしているのだそうです。

また、大島の玄関口である元町港から程近いところにある「為朝神社」には他の神社には見られない不思議な形をした御神体が祭られており、中山氏の説明によると、それはUFOなのだそうです。



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2006年09月12日

思いは実現しない!

私はこれまで、何度かにわたって「思いは実現する」という法則を述べてきました。
宇宙の初めの意思は、無から有を生み出しました。
すなわち、意識の力は、目に見える条件に打ち勝つのです。
宇宙の法則の中では、誰ひとり例外はいません。

しかし、本日は「思いは実現しない」という法則を述べたいと思います。
この場に及んで何故そんな矛盾したことを言ってるんだ!!と叱られそうですね。・・・

実は、これをもっと的確な言葉で言うと、「人間の願望は、思っただけでは実現しない」ということなのです。

宇宙の初めの意思(神)の分身である私たち人間の「思い」には、間違いなく万能のエネルギーが秘められております。
そのエネルギーには、念ずるだけで超高層ビルを一瞬のうちに消滅させることもできるほどの力があります。

しかし、実際にそのようなことができる人は誰もいません。
それは何故かというと、私たちの魂が、自己が万能であることを、そもそも求めていないからなのです。
だからその魂は、あえて肉体という不自由なものを纏ってこの世に生まれてくることを選択しました。

肉体の無い霊的な存在には、生きるために物を食べる必要もありませんし、病気になったり、他人から不利益を被って嫌な思いをしたりという苦労もありません。
しかし、私たち人間は肉体という物質を纏っているために、生活するために働かなければいけなかったり、健康管理に気をつけなければいけなかったりと、いろいろと制約を受けています。

私たちの魂がこのように自己が万能であることを放棄している理由は、自己の霊性を向上させるためにほかなりません。
あえて制約のある自己の中に存在することによって、この世において様々な体験をすることができるのです。

人生の成功の法則を正しく言うと、以下の通りです。
―――自分が成功している姿を具体的にイメージするとともに、
   それに向かって、知恵を使い行動を起こして努力すること。―――

意思と行動。このどちらも大切です。
しかし、「意思」だけでは何も起こらないのかというと、そうではありません。
明確なイメージと強い意志は、必ずあなたの希望や夢を叶えるための「縁」を引き寄せます。
その縁をうまく利用できるかできないかは、あなたの「行動」次第なのです。

そして私たちにとって最も重要なことは、成功した状態そのものにあるのではなく、そこまでに至るプロセスで様々な苦労を体験することにあります。
このプロセスの「体験」こそが私たちが生きている本来の目的なのであり、霊性を向上させるためのカンフル剤になるわけです。

もし行動もせず、努力もせずに、イメージだけで希望が何でも実現してしまったら、それは本来の「神」同様となってしまい、私たちはこの世に存在している意義がなくなります。
したがって、人間は「思っただけでは実現しない」ようにプログラムされているのです。

「思いは必ず実現する」
「思っただけでは実現しない」
この矛盾しているとも受け取れる二極の法則は、どちらも真理なのです。

大切なことは、生きている中で、失敗や苦労を恐れないということです。
魂のレベルで言えば、すべての苦労に無駄はありません。
あなたにやりたいことがあるのならば、そのために苦労することを、無駄や無意味と考えて逃げないことです。
失敗や苦労という体験を繰り返しながら努力していくことにこそ、私達の生きる意味があるのですから。


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2006年06月21日

陰陽の法則で人生を好転させる

以前、「陰陽の法則」についてお話しました。
プラスとマイナス、表と裏、右と左、上と下、明と暗・・・というように、この世のすべてのものには両極があります。
「陰陽の法則」が存在することこそが、この世の、霊的な世界との決定的な違いです。
もし、陰陽の法則が存在していなかったら、私たちにとってこの世に生まれてくる意味自体が無くなるのです。
陰陽の法則があるから、私たちはこの世界に何度も繰り返し転生し、様々なことを学び、生きている喜びを感じることができるのです。
タレントの美輪明宏さんは、これを「正負の法則」と呼んでいるようです。

しかし、多くの人は、このことを理解していないので、好き嫌いがはっきりしています。
「表」の好きな人は「裏」を徹底的に排除しようとします。
「右」の好きな人は「左」を徹底的に排除しようとします。

この世に両極が必然として存在していることを理解せずに、自分の考え方と反対の極が存在することを受け入れようとしない人たちが組織を作ると、抗争や紛争が起こります。

「中庸」という言葉があります。
多くの人はこの言葉の意味を「真ん中」のことだと解釈しています。
しかし、「中庸」の本当の意味は「右にも、左にも、そして真ん中にも偏らないこと」、すなわち「すべてを受け入れること」なのだそうです。
右や左だけではなく、真ん中を選択する人も、その選択自体が偏っているわけです。

もし、自分の行動や考え方が右に偏っていると感じたら、左寄りの人と付き合ってみることです。
もし、自分の行動や考え方が左に偏っていると感じたら、右寄りの人と付き合ってみることです。
もし、自分の行動や考え方が真ん中に偏っていると感じたら、右寄りの人と左寄りの人と付き合ってみることです。
そうすれば、バランスが取れてきます。

自分の中にパラダイムシフトを起こして、人生を好転させる方法。
それは、自分が今まで苦手としてきたタイプの人や、今まで避けてきた世界の人と、積極的に付き合ってみることです。
自分だけの解釈、自分だけのフレームを通して取捨選択し多くのことを拒絶してしまうのではなく、とりあえず、いったんすべてを受け入れてみることです。

人生の中で、自分が意図していなかったタイプの人と、運命的に出会わされることもあります。
その出会いは、あなたにとって不快なものであるかもしれません。
しかし、その出会いには、あなたが成長するための何か重要な意味が隠されているのです。

すべてを受け入れて精神のバランスが取れてくれば、宇宙の法則に従って生きることができるようになってきます。
宇宙の法則に従って生きることができるようになれば、物事を正しく判断する力が身に付きます。

世の中には色々な考え方、いろいろな哲学、いろいろな世界があるのだということを知り、それらすべてを受け入れた上で、自分を含めて皆が幸せになる方法を考えることが大切です。
私は、「中庸」の精神こそが、世界平和を実現させると考えております。


関連記事
「人生の意味を語る『般若心経』の智慧」
「2006年の運勢を好転させよう」


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2006年05月21日

人はなぜ認知症になるのか

この世の中で起こるすべての物事には意味があり、ことに病気の発症には、私達が精神的な成長、霊的な成長を遂げていく上での重要な意味があるのだと思います。
病を通じて、自分のこれまでの人生を振り返ってみる機会を持つことができます。
この時に、自分がその病を引き付けてしまったカルマ的な意味について気づきが得られた時、その人の霊性が成長していくのだと思います。...

この記事は移転しました>>



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2006年05月18日

オーラの色

人はそれぞれに様々な色のオーラを持っていて、そのオーラの色や輝き方などによって心身の状態がわかるといいます。

本日、私はある人の紹介で、ある霊能者の先生とお会いしてきました。
この方は、現役で活躍されているプロのヒーラーの方に対して指導者的な立場もされている、とても人格と霊能力の高い方であるようです。

この先生が私を見て「あなたのオーラの色は黄色ではないね。」とおっしゃったのです。
「黄色ではない」という妙な言い回しだったので、気になってその言葉の意味を尋ねてみました。
話を聞くと、一般的に多くの人のオーラの支配色は黄色なのだそうです。
黄色はどのような性質を意味するのかというと、人との競争心が強かったり、社会的成功や経済的な裕福さなど、いわゆる俗的な幸福を求めている場合に、このカラーが強く出るのだそうです。
しかし、私のオーラの支配色は「薄緑」色なのだそうです。
薄緑色の性質は、強い信念を持って自分で精神的なバランスを取っており、競争社会に巻き込まれにくい、とその先生はおっしゃっていました。
さらに私自身でインターネットで調べてみたところ、「薄緑」というオーラカラーの意味として、実直、円満、調和、他人との争いを好まない・・・などの言葉が見つかりました。
私のオーラカラーがグリーン系であることは、以前から自己のインスピレーションで感じてはいたのですが、これまでその意味について深く調べたことはなく、本日初めて知る機会を持つことができました。

また、会話をしている最中に突然「ああ、きれいだ。今、すごくきれいな色に変わった。今、あなたは何を考えていたのですか?」と思いがけないことをおっしゃたので、私は何事かと思って驚いてしまいました。
別に私はその時に特別なことを考えていたわけではなく、ただ、その先生との会話に集中をし、先生に対して強く思いを向けていただけなのです。
どうも私のオーラは、人に対して強く思いを向けた時、美しい色に輝くようです。これは私にとって、青天の霹靂でした。
もしかしたら、私はその状態の時の自分のエネルギーをうまく活用したならば、人を癒すことができるのではないだろうか、と思いました。
これからの私の人生の中で、ちょっとしたテーマができたような気がします。

関連記事
「ヒーリングの仕組み」


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posted by Y.Takahiro at 23:58 | 東京 🌁 | Comment(2) | TrackBack(0) | 『宇宙』の章

2006年04月23日

神様を使いこなして生きる

「神様を使いこなして生きる」
これ、私が考えたキャッチコピーではありません。
小林正観 著「宇宙を味方にする方程式」(致知出版社)の、目次の中にあるひとつのタイトルです。

私は、書店で「宇宙を味方にする方程式」という、この本のタイトルを見て面白いと思い、手に取りました。
そして、まず最初に目次を開いたら、またまた興味をひかれるタイトルがずらっと並んでいたのです。

・花粉症になる人の方程式
・お金に困らなくなる人の方程式
・倒産する会社の方程式
・絶対に太りたくない人のダイエット方程式
・子供と向き合ってはいけない
・目の前に起こる現象に意味などない
・「よくわっかんない」
・がんになりやすい人の職種ベストスリー
・悪い予言は100%当らない
・心筋梗塞、心臓麻痺を永久に防ぐ方法
・死んだらどうなる!?
・動物は痛みを感じない
・神様を使いこなして生きる
・一番はあるが二番、三番はない
・喜んで生きている人を神様は助けてくれる
・聖なる数字三・五・八の不思議
・「掃除・笑い・感謝」で幸せになる
・一流スポーツ選手の部屋の共通項
・笑えば「対人」関係も「対神」関係もよくなる
・幸福は不幸の先にある
・最高の幸せとは「何も起きない」こと

「えっ、それ何?」、「なんでなの?」と思って、先を読みたくなるような言葉ばかりです。
私は、目次を見て、この本の著者は優秀なコピーライターだと思いました。

本文の内容を読んでよくわかったのですが、著者の小林正観氏は、とても遊び心のある人だったのです。
そして、「神様を使いこなす」ほどの遊び心が、一切の悩み事のない小林氏の今の生活を実現させていることがわかりました。

この本を読んで感銘する部分は人によってそれぞれ違うと思うのですが、私が最も「目からウロコ」だった部分は以下の文章でした。

──私は誰かにこの話を聞かせて、二次会でよく「夫を連れてきて聞かせたかった」「妻を連れてきて聞かせたかった」「社員を十数人連れてきて聞かせたかった」という人がいますけれども、そういう人に必ず私は意見を言います。
「そういうふうに考えることはやめましょうね」と。
なぜなら、一番悩み苦しみ、一番胸が痛んでいるのはあなた本人なのです。
すべてあなた本人に向かって言われたことなのです。
でも、そのつらい本人は胸の痛みに耐えかねて「あいつに聞かせたい話だった」とうっちゃろうとする。それはダメ。
大切なのは、「自分がどう生きるか」だけなのですから。

内容は奥が深いのですが、文章はやさしくユーモアたっぷりで、とても読みやすいので、仕事や人間関係や健康などについて悩んでおられる方、またこういう本に興味のある方にはぜひお勧めしたい一冊です。

書籍紹介
「宇宙を味方にする方程式」(著者:小林正観)
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関連記事
「思いは実現するという宇宙の法則」
「般若心経の智慧」
「ヒーリングの仕組み」

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posted by Y.Takahiro at 11:00 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 『宇宙』の章

2006年02月28日

人と人との出会いは必然。

私のプログには、実にたくさんの方からコメントをいただきます。
プログへの直接の書き込みだけではなく、メールをくださる方もおります。
そのような方は、きっと自分の人生に対して前向きで、道を求めておられる方なのだろうと思います。
相手の顔はわからないのですが、女性の方が多いように思います。
現実にとらわれ過ぎている男性と比べて、子供を産む機能をもっている女性は、より感性的な生き方ができるのかもしれません。

昔と比べて、私にとって最近大きく変わった事は、インターネットを通して人との出会いがあるということです。
今の私にとって、メールは色々な人とのコミュニケーションに欠かせないツールです。

すべての物事には偶然がありません。
とくに、人との出会いには、深い意味が含まれていると私は思います。
私があなたと出会うこと、あなたが私と出会うこと、私があるグループと縁をもつこと、そのグループが私と縁をもつこと、誰かが私のブログと出会うこと、私のブログを通して私が誰かと出会うこと・・・。
それらすべての出会いには、出会った者同士お互いに意味があり、その時に自分に必要な人と出会わされているのです。

私たちは、様々な人との出会いによって、楽しい思い、不愉快な思い、驚きや嘆きなど、自己の様々な感情の変化を体験します。
その時々に感じた思いのすべてに意味があり、出会いのひとつひとつを噛みしめながら私たちは生きていく必要があるのです。

何かの組織をまとめるときに、誰かが憎まれ役を引き受けなければならない、という表現をすることがよくあります。
そのことと同様に、私は自分と相手の生き方を向上させようとする時に、進んで憎まれ役を買って出ます。

私は過去に、人の生き方について語り合うことをテーマとするワークショップを主宰していたことがあります。生き方がわからなくて苦しんでいる人が実に多いのです。
その会の中で、私は自分がそれほど腹を立てていなくても、相手のために自分を演じて説教をしてみるというようなことをしていました。
その時期は、そういうグループのリーダーとして、私はある意味命がけでした。

相手の弱点を見事に突いてしまった時、大抵はいい顔をしてきません。
そのような時ほど、本人にとっては気づきのチャンスであるはずなのですが、人間の精神はなかなか、そううまくはできていません。
人間には様々な感情があり、嫌になって私の前から去っていく人、逆上して言葉による攻撃を仕掛けてくる人、またごくまれにですが、陰湿な意地悪をしてくる人もおりました。
もちろん、感謝していただけることも多々ありました。

良い反応でも良くない反応でも、相手が強い反応を示してきたときほど、私は相手の人生に対して、自分との出会いを通して何らかの刺激を与える事ができた喜びに浸ることができました。
それは、相手にとって、私との出会いが無駄ではなかったことが証明される瞬間であるからです。

逆に、私が落胆してしまうのは、相手がほとんど無反応だった場合でした。
しかし、そのことは私自身にとっての大きな学習になりました。
他人に対して、自分の存在感をもう少し発揮することができるように努力をするきっかけになったからです。

しかし、私は自分の力で相手を変えようと考えたことは一度もありません。
人間は、そう簡単に変わるものではないからです。
それは、自分自身の経験で知っていました。

この出会いが、その人の人生経験の中で、何らかの確実なひとコマになればいいという程度に私は考えていました。
大切なことは、相手の脳裏に何らかの記憶を遺すこと。ただ、それだけでいいのです。
今は相手の反応が良くなくても、その状況にこちらが執着するのではなく、その人のスピリチュアルなステージが上がっていくことを心静かに祈ってあげようという、そういう大らかさが大切です。
たとえそのことによって、こちらが相手から多少の物理的な損害を被ったとしても、その時に許すことができるかどうか。それが、こちら側のスピリチュアルな意味での器の大きさになります。
意図的に相手に刺激を与えているのですから、リスクは覚悟です。
この世で出会った人は、すべてソウルメイトです。
出会った人同士が、共に霊的に向上していくことが人生の目的なのですから。

他人から自己の生き方、考え方について意見や忠告を受けた時に、人は人、自分は自分と言って聞く耳を持たずに拒絶してしまう人と、素直な気持ちで聞くことができる人とがおります。

頭から拒絶してしまう人は、まだ道を求めていない人です。
道は求めなければ、与えられません。
というよりも、それは自我にとらわれて、自ら道を閉ざしてしまっている人なのです。
縁に出会って縁を生かせない人です。

逆に、相手から今の自分を否定されることを恐れず、純粋無垢な気持ちで道を求める人には、人を介して天からのメッセージが与えられます。
まずこのことに気づくと、さらに、この世のすべてのものが自分とつながりあっていて、自分が体験するすべての現象が自分に対して何らかのメッセージを発していることに気づくのです。


関連記事
「物事に偶然は無い」
「出会いの意味と目的」
「釈迦とキリストの教えはこんなに共通している(3.無条件の愛)」
「釈迦とキリストの教えはこんなに共通している(4.出会いについて)」

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2006年02月24日

物事に偶然は無い

私は、人生で起こることは、良い事も悪い事にもすべてに意味があると考えています。

もともと人間は霊的な存在です。
もし私たちが肉体のない魂の状態で存在し続けたならば、食べることも着ることも必要ありませんし、怪我をしたり病気になったりする心配もいらなくなります。
すなわち、肉体のない霊的な存在には、悩み事が何もないのです。
それなのに、なぜ私たちはわざわざ肉体という不自由なものを纏ってこの世に生まれてくるのでしょうか。
なぜ、わずか80年ほどの短い期間を生きる繰り返しを体験しなければならないのでしょうか。

それは、あえて生老病死という明と暗の体験を重ねることによって、喜びとは何かを知るためなのだと思います。
悩み事が全くない状態では、比較するものが何もありませんから、何が喜びで、何が幸せなのかを感じることができないのです。
だから喜びを知るために、人生には、明るい部分だけではなく、暗い部分が必然としてあるのです。

この世のすべてのものには両極があります。
表があれば裏があり、光があれば闇がある。これが、陰陽の法則です。
もし、この世に陰陽の法則が存在していなかったら、私たちにとってこの世に生まれてくる意味が全く無くなるのです。

私は、このブログのプロフィールのところで自己の神秘体験について語りました。
あれだけを読んでいただくと実に格好がいいのですが、実はあの数年後から始まった約7年間のどん底生活がありました。
世の中の不景気とも重なって、会社の大リストラに巻き込まれるなど、経済的に苦労をし続けた時期がありました。
今考えると、自己の人生経験として必要な苦労でした。
その状態から抜け出して明るい兆しが見え始めたのが2年ほど前です。

その後はまた、私にとって不思議な体験を重ねる時期となりました。
プロフィールにも書いたのですが、私には自分の人生を、一個人や一企業の利益のためではなく、何か社会全体のために使いたいという漠然とした希望がありました。

7年間のどん底生活が終了したことを確信した2004年の春頃、「自分の希望がもうすぐ叶う」というインスピレーションが私の心の中に入ってきたのです。
しかし、具体的にそれがどんなことを意味するのかわかりませんでした。
自分には、そのような新しい人生を歩み始めるための条件がまだ何も無いように思えていたのです。

同時に、もうひとつ別のインスピレーションがありました。
それは、その希望が叶う前に、私には「大きな試練が与えられる」というものでした。
しかもその試練は、私の人生の中で最強最大の試練だと感じたのです。
またそれは、私がこれから何か新しい活動をスタートするために必要な試練なのだということを感じました。
しかし、それがいったい何のことなのか、やはり検討がつきませんでした。

今までだって十分に苦しかったのに、これ以上の大きな苦労を強いられるということなど、もちろん私の望むことではありませんでした。
ですから、このインスピレーションは自分の勘違いであることを私は期待していたのです。

その年の夏の事でした。
予想だにしていなかったことが起こりました。
妻の病気です。
それが私にとって、これまでの人生最大の試練となりました。
しかし、以前インスピレーションにあった事が起こったのだということわかっていましたので、私は現実を受け入れてなんとか頑張り通すことができたのです。

そうして必死に生活をしているうちに、またある思いが湧き上がっていたのです。
それは、これから何かの新しい活動を始めるために、自分が今勤務している会社を辞めなければいけないという思いです。
新しい活動について何もあてが無かったにもかかわらず、しかも家庭内が大変な状態にあるにもかかわらず、私は強くそう思ったのです。

会社を辞めることについては、しばらくの間、私には迷いがありました。
しかし、私のサイドビジネスが加速度的に軌道に乗り始めてきたことが、その決断を後押ししました。
そして、妻の状況が安定してきた2005年の秋に、私は辞めることを決心したのです。
ただ、辞めることを会社に伝えてしまったものの、その後で自分はいったい何をすればいいのか、まだ検討がつきませんでした。

とりあえず、何か面白い情報を得られないかと思い、過去の交友関係をあたってみようと私は考えました。
そして一番最初に思いついた人が、ボランティア活動家として私の記憶の中に強く残っていた、片平さんという方です。
彼とはしばらく連絡を取り合っていなかったので、彼が今、いったい何をしているのか私は知りませんでした。
そういう思いつきで連絡を取ってみたところ、彼から予想もしていなかった提案を受けたのです。

実は、彼はいつの間にか立派な青年実業家になっていて、しかも人間の幸福から世界平和までを理念に掲げた立派な事業を立ち上げていました。
私は彼から、その運営に参加しないかという提案をいただいたのです。
しかも、彼の事業の主たるテーマは、人の健康についてでした。
それが「未病.jp」という活動です。
妻が病気になって、それを必死に介抱した私の経験が役に立つ内容です。

人生には偶然はありません。そのことを私は自分の体験をもって証明することができました。
片平さんは、「必要な時に必要な人が現れる」と言います。
誰の人生にも、あらかじめ何らかのプログラミングされた道が用意されているのです。
しかし、あらかじめ用意された道にうまく乗ることができる人と、そうでない人とがいると思います。
私がその道に乗ることができたのは、道を求め続けていたということに尽きると思います。
これが「求道」です。

関連記事
「人と人との出会いは必然。」
「思いは実現する、という宇宙の法則」
「生老病死を考える」


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2006年01月17日

インスピレーションについて

ある方から、インスピレーションについて詳しく知りたいという内容で、メールをいただきました。

「インスピレーション」という言葉には、
@ 創作・思考の過程で瞬間的に浮かぶ考え。ひらめき。
A 霊感
の二つの意味があるようです。

@ならば誰でも体験することだが、Aは、神仏や守護霊やハイヤーセルフからメッセージを受け取る事だから、特別な人しか体験できないことだと考える方が多いのではないでしょうか。

実は、私は@もAもほとんど同じことと考えています。
誰にとっても、自己の身の回りに起こる出来事というのは何ひとつ偶然がないという宇宙の法則が、その根拠です。

私たちは常に、大いなる存在からメッセージを受け取りながら生きています。
あなたが今日、太陽が赤く見えたことも、商店街の福引きに当たったことも、そして背中が痒いことも、すべてそこには何らかのメッセージが含まれているのです。
たまたま偶然と思われることでも、何らかの必要があったからその体験をしたのであり、すべてに意味があるのです。
仮に人生が意味の無い繰り返しならば、元々霊的な存在である私たちは、わざわざこの世に肉体を持って生まれてくる必要がありません。

映画を観たり、本を読んだりして深く感動したとき、人間関係において楽しい思いや辛い思いをしたときなど、人生の中であなたにとって喜怒哀楽の大きな体験をしたときほど、それは大いなる存在から重要なメッセージを受けている可能性があります。
そういう意味で、すべての人は霊的なものに導かれながら生きているのだということが言えるでしょう。
重要な事は、そのときにメッセージの意味がよくわからなくても、人生の中で起こること、ひとつひとつを噛みしめながら生きていくことです。

さて、よく「霊能者」と呼ばれる人たちがテレビに出演して、亡くなった人からのメッセージを伝えるということがあります。
私は、それらの人たちが理路整然と話していることの多くは真実だと思っています。
しかし、よく注意しなければいけないことは、そういうテレビなどを見て、「私も目に見えない人の声が聞こえる」という人が時々いることです。
身近にもしそういう人がいたら、早急に本物と偽者とを見分ける必要があります。

本物の霊能者と呼ばれる人たちの場合には、亡くなった人からのメッセージが、人の声として耳に聞こえてくることはありません。
そういうものはすべて肉声ではなく「思い」や「イメージ」として、耳にではなく心の中に伝わってくるものなのです。
テレビに出てくるような人たちは、イメージ的なメッセージを自分の頭で整理し直して、言葉に直して発言しているのです。
したがって、外国人の霊からのメッセージであっても、その国の言葉が全くわからない日本人の霊能者が理解することも可能なのです。

もしあなたのまわりに、男性の声、女性の声、高い声、低い声など間違いなく人間の肉声としてメッセージが聞こえてくるという人がいたら、それは幻聴症状です。
精神的な病気を疑ってみなければなりません。
ただ、それは自分の「気」の滞りが原因となっていますから、何か良くない邪気の影響を受けている可能性はあります。
ニュース報道などを見ておりますと、近年、そのような病の人が犯していると思われる事件が非常に多いような気がします。
例えば、本日最高裁で死刑判決を受けた宮崎勤被告の例があります。
彼は逮捕された当時に“ねずみ人間”との会話体験を話し、今でも刑務所内で幻聴をよく訴えていると言われています。
ほかにも似たような精神疾患の絡んだ事件が、最近では数多くあるように思います。
もちろん、多くの精神疾患者は自分の病気を自覚しており、それぞれにきちんと医師の治療を受けておりますから、他人に危害を加えるようなことはまずありません。
しかし、本人が幻聴と気づかずに、人の声が聞こえてくると本気で訴えているようならば、周囲の人たちがなるべく早めに対処しなければなりません。

ただ、大きな意味で言うならば、そのような精神疾患に犯されてしまうこともまた、意味のあることなのです。
精神疾患は本人やその家族に対して、あるいはまた周りの社会に対して、それ自体が何らかの重要なメッセージを発しているからです。
社会全体的にそういう病気を発症する人が増えているという事実はまた、大いなる存在からの社会に対する何らかの警告であると捉えるべきではないでしょうか。
社会自体が病んできているのです。個人の生き方レベルではもちろんのこと、社会全体が軌道修正しなければいけない時期にあるのです。


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posted by Y.Takahiro at 18:39 | 東京 ☀ | Comment(10) | TrackBack(0) | 『宇宙』の章

2006年01月06日

思いは実現する、という宇宙の法則

この世は対照的な二つの概念 =「二極」から成っていることをお話しましたが、ここでは、「物質」と「非物質」という二極について考えてみます。

物質とは、目に見えるもの。
非物質とは、顕微鏡を使っても絶対に目に見えないもの。すなわち、思い、考え、意志、意識、想念といったものです。
ここでは、このような非物質を総称して「意識」と呼ぶことにしましょう。
意識は目には見えませんが、意識というものが絶対に「ある」ということを否定する人はおそらくいないでしょう。

それでは、この「物質」と「意識」ですが、宇宙で一番最初に存在していたのは、どちらが先なのでしょうか。

宇宙は「ビックバン」から始まったと言われています。
ビックパンは、「無」から「有」が生まれた瞬間です。
「無」とは、目に見えるものが一切ない状態のことを言います。
宇宙の最初には、大いなる「意識」がありました。
すなわち、宇宙の最初は意識だけがあって、物質が無かったわけです。
その宇宙の最初の意識、大元の意識のことを「神」という人もいます。
最初の大いなる「意識」はビックバンを起こし、上下、左右といった空間を創りました。
そして、鉱物を創り、生物を創りました。
これらの現象を、神による「創造」と言う人もいます。

誤解されないでください。
別に私は、ここで神に対する畏敬の心を持つことを皆様に促しているわけではありません。
私がここで言いたいのは、目に見えない「意識」は、目に見える「現象」を創造するということなのです。
もっと簡単に言うと、「意識」には、無から有を生じさせてしまうほどの、私たちの頭の理解を超えたパワーがあるということなのです。
皆様は、「強く念じたことは実現する」「思いは実現する」「念ずれば花開く」といった言葉を聞いたことがあるでしょう。
これらの言葉の深い意味を、ここで理解していただきたいのです。

人間自体が「大宇宙」、すなわち「神」の分身です。
私たち人間がもっている「意識」は、宇宙の大元の「意識」から由来しています。
したがって、私たち人間ひとりひとりが、自己の意識によってどんな現象も創造してしまうほどの能力を本来もっているのだということを理解してください。
だから、「思いは必ず実現する」のです。
これは宇宙の法則です。

このように言うと、皆様の中には、
「私は、今まで何ひとつ自分の思い通りになったことはない。」
「言うだけなら何とでも言える。自分にはそんな能力はない」
と、否定される方もいるでしょう。
しかし、実はそういう人は、自己の無限の能力、無限の可能性を否定しているから、自己の希望が実現しないだけなのです。
すなわち、否定という意識が現実化してしまっているのです。

せっかく「こうしたい」、「こうなりたい」という素晴らしい希望や目標を持っているのに、心のどこかで、「でも無理だろう」「そんなにうまくいくはずがない」「現実は甘くない」という否定や疑いの意識が心のどこかにあれば、それが現実化してしまうのです。
否定の意識をもつことによって、その否定の意識が実現するのも、また宇宙の法則なのです。

逆に、仮に今何の条件も持っていない人であっても、常に明るく肯定的な意識を持ってさえいれば、そのうち必ずその希望が実現します。
「条件がなければ無理だよ」と言う人もいるかもしれません。
しかし、何度も言いますが、「意識」には私たちの頭の理解を超えた無限のパワーがあるのです。

宇宙の初めの意思は、無から有を生み出しました。
すなわち、意識の力は、目に見える条件に打ち勝つのです。
宇宙の法則の中では、誰ひとり例外はいません。
仮に今自分が何の条件ももっていなかったとしても、純粋無垢な気持ちで、自分の無限の可能性を信じて努力をすること。
陽転思考をもつことが習慣になったならば、あなたの希望は必ず実現します。


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posted by Y.Takahiro at 23:44 | 東京 ☁ | Comment(1) | TrackBack(1) | 『宇宙』の章

2005年12月29日

2006年の運勢を好転させよう

占いが大流行です。最近は携帯電話で運勢を占えたりと、恋愛、健康、仕事などの具体的な問題や悩み事を抱えているか否かに関わらず、子供から大人まで占いが大好きです。
細木数子さんが大ブームですが、2004年の私の運勢などは六占星術では「大殺界」なのに九星術では「大吉」だったりして、どれを信じて良いものやら、訳が解りませんでした。
大切なのは、そういう占いは参考程度に捉えておいて、あまり振り回されないようにすること。
自分の人生の良し悪しを決めるのは占い師ではなく、自分自身の生き方次第なのですから。

私は、人間の運勢は、「陰陽の法則」と「思いの法則」に影響されると考えております。

陰陽の法則とは、表があれば裏がある、プラスがあればマイナスがある、光があれば闇がある・・・というように、物事には必ず二極が存在しているという法則の事です。
これらの二極は、宇宙が誕生したときに神の意志によって創造されたものです。
美輪明宏さんは、これを「正負の法則」と呼んでいるようです。

人間の運勢もまた、陰陽のバランスのもとに保たれています。
テレビの時代劇「水戸黄門」のテーマ、「ああ人生に涙あり」の歌詞の中にある「人生楽ありゃ苦もあるさ、涙の後には虹も出る...」の言葉も、陰陽の法則をうまく表現しています。

あなたがこれまで、あまり良くない人生を歩いてきたとするならば、その後で必ず運勢の好転期が訪れます。
ですから、もし自分の人生を悲観している方がおられたら、決して諦める必要はありません。
今までの苦労は、この後の生涯の中で、良き人生経験として生かされてくる可能性があります。
人生の途中に起こるすべての物事には意味があり、すべて本人の魂が成長するための体験として在るのです。

逆に、いままでの人生が順風満帆だった人は、これからは注意が必要であるということになります。
しかしそれでも、陰陽の法則をきちんと捉えたならば、心配する必要はありません。
そういうあなたがこれからすべきことは、自分の人生を順調に進ませてきてくれた、今までお世話になった人たち、あるいは社会に対して恩返しをすることです。
金銭による方法でも、あなたが思いついたそれ以外の方法でも構いません。
その時に、やましい心、見返りを求める心があってはいけません。
純粋に感謝する心をもって恩返しをすること。そうすれば、陰陽の法則、プラス・マイナスの法則がそこで発動し、これからのあなたの人生が大きく下降することはなくなります。

次に、「思い」の法則です。
「思い」や「意識」とは、宇宙が誕生したときに神の意識がこの世の万物に分化されたものを言います。
「一念矢をも通す」という言葉もあるように、人間の思い(意識)には、それだけで現実を変えてしまうほどの、計り知れない力が秘められています。
念力や透視、ヒーリングといった能力は、すべて人間の意識の力によるものです。人間の意識が神の意識の分化であるがゆえです。
特別な人ではなくても、「思い」というものには、その人の人生を大きく作用する念力があると考えて間違いありません。
したがって、せっかく運勢が好転する時期にあっても、その人の思いがネガティブならば、良い転機をなかなか生かせないということもあります。
逆に、運勢が衰退期にさしかかっていても、その人の思いがポジティブならば、運勢が下降しないのです。
したがって、人生の道のりは、他人や占いに頼るのではなく、自分の意志でしっかりと踏みしめていくことが大切なのです。

占いの結果が良かった人も悪かった人も、「陰陽の法則」と「思いの法則」とをうまく操る事によって、2006年の運勢を上昇させてください。


「あゝ人生に涙あり」
山上路夫作詞/木下忠司作曲

人生楽ありゃ苦もあるさ
涙の後には虹も出る
歩いてゆくんだ
しっかりと
自分の道をふみしめて

人生勇気が必要だ
くじけりゃ誰かが先に行く
あとから来たのに
追い越され
泣くのがいやならさあ歩け

人生涙と笑顔あり
そんなに悪くはないもんだ
なんにもしないで生きるより
何かを求めて生きようよ


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posted by Y.Takahiro at 13:00 | 東京 ☀ | Comment(9) | TrackBack(2) | 『宇宙』の章

2005年11月24日

人生の意味を語る『般若心経』の智慧

原文

仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩捶依般若波羅蜜多故心無罫礙無罫礙 故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三貌三菩提故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切 苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶般若心経
…以下この記事は別サイトへ移転しました。



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posted by Y.Takahiro at 20:33 | Comment(2) | TrackBack(4) | 『宇宙』の章

2005年11月23日

大自然からのメッセージ

ここにあるメッセージは、私が2004年の秋に書き留めたものです。

私の身内の中に、あまり好ましくない新興宗教団体に関わりを
もってしまった人がおり、
はたして、この人に自分は何を伝えてあげればいいのだろうか?
と考えていた時に、
4夜連続で、私のインスピレーションの中にイメージ的な感覚で
瞬間的に飛び込んできたメッセージを、言葉に変換しました。

これらのメッセージが私の中に飛び込んで来たのは
いつも、夜の寝入り端の時。
そのたびに、私は驚いてペットから飛び起き、
慌ててパソコンに向かったのでした。

私がこのメッセージを伝えた相手は、
幸いにも、今はもうその団体とは縁をもっておりません。



奉仕について

奉仕とは、何かに感謝した結果として自発的にする行動である。

あなたは、まず何に感謝しなければならないのだろうか。
自分が肉体を与えられて、この世に生を受けたという事に、
まず感謝しなければいけないのである。

だから、あなたはまず、神から授けられた自分の身体に感謝し、
自分の身体に対して奉仕をしなければならない。
自分の身体をいたわることである。良い水を飲み、良い食物を摂る。
そして野山へ出かけて、良い気を浴びることだ。

自分の身体を健康に保つことができなくて、
どうして他人に、社会に、奉仕ができるだろうか。
他人に対して奉仕をするのは、
自分が自分の身体に奉仕することができたあとで良い。

奉仕とは、何かに感謝した結果として自発的にする行動である。
何かの利益を求めて奉仕活動をするのは、本当の奉仕ではない。
まずは、自分がこの世に生を受けたことに対して感謝できるようになること。
そして、自分の身体に奉仕できるようになること。
それが、神への感謝の気持ちの表れともなる。



祈願について

祈願とは、神の前で誓いを立てる事をいう。

あなたが病気だったと仮定しよう。
あなたは、自分の病が早く平癒するように、
規則正しい生活をすること、
病に負けない強い心を持つことを心掛け、
滋養をとり、養生して努力する。

あなたの家庭に不和があったと仮定しよう。
あなたは、利己主義を捨て、常に相手の立場に立って物事を考え、
家族が円満に暮らせるように努力する。

このように、自己の問題と正面から向き合い、
解決のために自ら努力することを神に誓い、
以って神の力添えを求める儀式が“祈願”である。

自己の問題と正面から向き合いもせずに、
宗教施設に多額の寄付をすることを、
神に対する“ごますり”という。

自己の問題と正面から向き合いもせずに、
奉仕活動といって他人におせっかいをし、
他人を助ける代わりに自分が助かることを求める心を、
現実逃避の“ご都合主義”という。

“ごますり”や“ご都合主義”に、神は力を貸さないであろう。
神は、あなたを“守る”のではなく、
あなたに“力を貸す”だけなのである。
なぜならば、神は、自分自身を守る力を、
最初からあなたに与えているからだ。

まずは、大自然の法則に沿った生活をすることである。
大自然の法則に沿った生活とは、
“ごますり”や“ご都合主義”で生きる事ではなく、
自らが大自然の法則と波長を合わせて生きる事をいう。



大自然の法則について

太陽は、生きとし生けるものすべてに、
無条件に、光を注ぎ続ける。

地球は、生きとし生けるものすべてに、
無条件に、大気と水を恵み続ける。

もし光や大気や水が無くなったならば、
あなた方は、もはや一日も生きていくことができないだろう。

しかし、太陽も、地球も、
あなたに、何も見返りを求めてはいないのだ。

分け隔てなく、無条件に与える愛。
それが神のつくった仕組み、大自然の法則なのである。

何時でも、あなた方すべてに、神の愛が注がれているのだ。
あなたは太陽や地球に、今まで何度、感謝したことがあるだろうか。

まず宇宙のはじめには、光だけが存在していた。
そこに神は“大自然”という、光と影の存在する世界をつくった。
あなた方が今、目にしている世界である。

永遠に繰り返される、惑星の自転・公転。
毎年繰り返される、四季の移り変わり。
毎日繰り返される、昼と夜の繰り返し。
これらの“繰り返し”もまた、大自然の法則である。

人間は、大自然の中に存在している。
だから、本来人間も、
大自然の法則に沿って生きていくように創造されているのだ。

大自然の法則の中では、
あなたは、すべてのものに無条件の愛を与え、
互いが互いを生かし、生かされていることに、感謝する。
こうしてあなたは、愛と感謝の実践を繰り返す。

あなたの身体は、ひとつの小宇宙である。
あなたがとくに意識をしなくても、
あなたの心臓は休むことなく鼓動を繰り返し、
あなた生命を維持させている。

あなた身体もまた、
繰り返しの愛という、
神の仕組みによって創造されているのだ。

あなたは、自分の身体に、
今まで何度、感謝したことがあるだろうか。

物質的な生命には終わりがあるが、魂には終わりがない。
すなわち、
大自然の法則の中にあるあなたは、生まれ変わりを繰り返す。
生まれ変わりを繰り返しながら、愛と感謝の実践を繰り返す。

もしあなたが、大自然の法則に逆らって生きたとしても、
神は決してあなたを見捨てることはない。

なぜならば、大自然の法則、
すなわち神がつくった仕組みとは、
“無条件の愛”なのだから。

あなたが大自然の法則に沿った生き方を志向し、
愛と感謝の実践を繰り返すならば、
あなたはやがて生まれ変わりの繰り返しを卒業し、
元ひとつの神の世界、光だけの世界、
喜びだけの世界に戻ることができるのである。



不幸について

あなた方が“不幸”と呼んでいる現象には、
大きく分けて二種類ある。

ひとつは、生まれもってきた身体の障害、
生まれてきたときからすでにあった
自分の環境や家族に関するものである。

もうひとつは、あなたが生きていく過程で生じたものである。
病気や人間関係の問題などがこれに該当する。

いずれにしても、神の意思によって天罰が与えられた、
悪魔に憑りつかれて不幸になった、
などとは決して考えないでほしい。

最初に答えを言おう。
それらの現象はすべて、
実はあなた自身が創造したのである。

あなたが生まれたときにすでに存在していた条件は、
実はあなたが生まれる前に自分で選択した条件なのである。
あなたが繰り返しの愛と感謝を体験し、
そしてあなた自身が
繰り返しの愛と感謝を実践できるようになるために、
その条件はあなたにとって必要だった。

だからあなたは、その身体、その環境、その親を自分で選び、
自分の意思でその条件の下に生まれてきたのである。

もちろん、
あなたが生きていく過程で生じた
病気や人間関係の問題についても同様だ。

あなたが繰り返しの愛と感謝を体験し、
あなた自身が繰り返しの愛と感謝を実践できるようになるために
必要だったから、あなた自身の魂の意思によって、
その病気やその人間関係が創造されたのである。

もしあなたが重い病気になったとしても、
あなたが自分の魂の声に耳を傾け、
大自然の法則に沿った生き方を志せるようになったならば、
あなたの病気は良くなるだろう。

しかし、もし自分の魂の声に耳を傾けなかったならば、
あなたの魂は自ら肉体の死を選択し、
もう一度同じ体験をしなおすために、
ふたたび生まれ変わりの旅に出るだろう。



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